「フロント・ネックチャンスリー」の版間の差分

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[[フロントチョーク|フロントネックロック]]の要領で相手の首を捕らえて体を[[ブリッジ (運動)|ブリッジ]]させる勢いで相手を後方へと反り投げた相手を背中から叩きつける。日本での初公開は1963年4月、[[日本プロレス]]において、[[サンダー・ザボー]]が対[[アントニオ猪木]]戦で使用して、この技で猪木から[[ピンフォール]]を奪った。その後、猪木は日本プロレスを一時離脱して旗揚げした[[東京プロレス]]時代に'''アントニオ・ドライバー'''の名称で使用していた。
 
他の使い手としては[[アンドレ・ザ・ジャイアント]][[中嶋勝彦]]らの名前、しばしば挙げられる。アンドレの場合は後のハーフハッチ・スープレックスに近い投げ方で自身は完全に反り返らずに捻りを加えて半身の状態で仕掛けていた。
 
見た目以上に全身の筋力を要する技ともいわれており、猪木は、この技を多用した影響で腰を痛めて徐々に相手の片腕を自身の首に回しタイツを掴んでみ、後方へと投げる[[ブレーンバスター|バーティカル・スープレックス]]の形にフォームが変わって行き、数年で封印。また、アンドレも使用していた時期は体力的に充実していた全盛期に限られる。
 
この技を[[ブレーンバスター]]の原型とする説があるがブレーンバスターの開発者である[[キラー・カール・コックス]]は否定している。