「郁久閭斛律」の版間の差分

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'''郁久閭 斛律'''([[漢音]]:いくきゅうりょ こくりつ、[[拼音]]:Yùjiŭlǘ Húlǜ、? - [[416年]]頃)は、[[柔然]]の[[可汗]]。[[縕紇提]]の子で[[社崙]]の弟。可汗号は'''藹苦蓋可汗'''<ref>[[白鳥庫吉]]は『東胡民族考第十』において、[[蒙古語]]のdjang(風習、性質、資質)の原形古音をyak/yagとみなし、藹苦がこれの音訳とし、蓋はgowa(美好)の音訳であるとした。[[藤田豊八]]は『蠕蠕の国号及び可汗号につきて』において、藹苦蓋をukkaganukkaga/ukhaga(知恵、聡明)に比定した。</ref>(あいかいかがん)といい、“姿質美好(外見と内面は美しく好ましい)可汗”という意味である。
 
== 生涯 ==
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