「MARCH (学校)」の版間の差分

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[[学生スポーツ]]では[[関東大学リーグ]]に加盟している。[[バスケットボール]]では[[関東大学バスケットボール連盟]]、[[アメリカンフットボール]]では[[関東学生アメリカンフットボール連盟]]に加盟しているが、[[硬式野球]]では明治大・立教大・法政大は[[東京六大学野球連盟]]、中央大・青学大は[[東都大学野球連盟]]にそれぞれ加盟しているなど、同じリーグではないスポーツもある。またMARCHのみを対象とした[[カンファレンス (カレッジスポーツ)|カンファレンス]]は存在しない。
 
角川新書の電子記事cakesの連載記事で作家[[川上徹也]]が、「MARCHが昭和30年代=1950年代から使われはじめた」という定説に疑問を感じ、追跡調査を行っているが、記事によると、「MARCHは大学受験が昭和だった人間にはあまりなじみがないかもしれない」と指摘している。また、角川新書の編集の協力を得て国会図書館で1960-1980年代後半、いわゆる昭和の『螢雪時代』バックナンバーにMARCHという「くくり」を発見することはできなかった。調査の結論は「昭和30年代から螢雪時代にしばしば登場し、普及していったということは考えにくい」である。また、『螢雪時代』1974 (昭和49)年10月号掲載ワイド特集「激戦必至50年私大入試」では、
東京①(私学の双璧)早稲田 慶應
東京②(ミッション系おしゃれなイメージで女子人気急上昇)上智 青山学院 立教
東京➂(全国区の中堅総合私大 立地が神田周辺)中央 明治 法政 日大
のみであった。当時はまだMARCHのような、「くくり」よりも、「上智青山立教」「中央明治法政日大」という「グループ分け」が見られる。
螢雪時代の元編集者である田川氏によると私大の「くくり」が螢雪時代に載るようになったのは、バブル最盛期の昭和から平成に移る時期である。
また、旺文社の『私大合格』『私大螢雪』『螢雪時代』で、上記のような「くくり」が掲載されたはずと言う。改めて1988(昭和63)年-1993(平成5)年にかけての『螢雪時代』『私大合格』『私大螢雪』を調査したところ、「MARCH」に関連する大学のもので「JAR」や「JARWAK」が『私大合格』1990(平成2)年4月号にあった、しかしここでも「中央、法政、明治」の3大学は、「くくり」に登場しない。
「MARCH」が初めて登場したのが『私大合格』1990(平成2)年8月号、ただこの時のくくりは、あくまで「JARWaK MarCH」。青山、立教は「JARWaK」の方にくくられていて、「MarCH」は、明治、中央、法政の3校のみであり今の「くくり」とは違う。
「MARCH」という「くくり」が一般誌の「見出し」に登場するのは、『週刊朝日』2004年4月30日号が初めて、翌2005年は、『読売ウィークリー(2005年3月27日号)』『サンデー毎日(2005年5月1日号)』でも「MARCH」という「くくり」を使い始めるようになった<ref>https://cakes.mu/posts/15960</ref><ref>https://cakes.mu/posts/15961</ref>。
 
 
 
== 歴史 ==
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