「袁世凱」の版間の差分

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== 評価 ==
現在でも中華民国および[[中華人民共和国]]で、袁世凱は悪役であり時に[[漢奸]]とまでいわれている。[[中国国民党]]と[[中国共産党]]の双方が称揚する孫文らを弾圧したこと、日本の対華21条要求に屈したこと、そして時代に逆行して皇帝に即位したことは、革命で打ち立てられた共和制中国を乱したとして厳しく批判されている。21条要求を受け入れることを決めた5月9日は、現代の中華民国台湾では'''『{{仮リンク|五九国恥日|zh|五九国恥}}』'''といわれ、愛国派の活動する日となっている。
 
しかし近年、そうした否定的な評価は孫文と革命派を善玉と位置づける単純な歴史観として修正されつつある。新建陸軍の設立や科挙の廃止と学校制度の整備といった近代化政策を推進した役割のほかに、独裁的な政治手法の必要性は孫文などにも共有されていたこと、権謀術数を駆使したと同時に、一つの理念や主義に囚われない現実政治家としての側面を持っていたことなどについて、公平な評価が求められるようになっている。
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