「煤煙 (小説)」の版間の差分

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警察に保護されたのち、森田は夏目漱石宅に身を隠し、明子は友人の手配で信州・松本郊外の農家で静養した<ref name=asahi2>[http://www.asahi.com/travel/traveler/TKY200611110128.html 小説「煤煙」森田草平と平塚らいてう―栃木・塩原温泉]朝日新聞社、</ref>。この事件により閨秀文学会は頓挫し、事件の後始末を任された夏目漱石と[[馬場胡蝶]]は解決策として平塚家に結婚を申し出、結婚など考えていなかった明子に呆れられた<ref>[http://repository.meijigakuin.ac.jp/dspace/bitstream/10723/724/1/angelos49_6-7.pdf 「青鞜」の新しい女たちと馬場孤蝶]岩田ななつ、あんげろす : 明治学院大学キリスト教研究所ニュースレター(49): 6-7、2009</ref>。事件の翌年、森田は『煤煙』の連載により有名作家となり、明子は1911年に『[[青鞜]]』を創刊して女性運動家平塚らいてうとなった。1915年には『時事新報』に乞われて、心中未遂事件をらいてう側の視点で描いた『峠』を連載したが、[[つわり]]により中断し未完に終わった。
== 脚注 ==
 
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<!--=== 注釈 ===
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=== 出典 ===
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== 関連項目 ==
*[[ガブリエーレ・ダンヌンツィオ]]『死の勝利』(1894年)[http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/904824] - 『煤煙』執筆に影響を与えた作品