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[[進化論]]にまつわる議論の歴史として、「脊椎動物の複雑な眼の構造の、どれか1つでも要素が欠けると正常な視力が得られないと考えられるとし、また「最初から完全な状態で作られていなければ眼は眼たりえない」、「すると自然選択で有利とならないので、目が発生したことが説明困難」とするような説が、繰り返し指摘され、進化論をめぐる難問のひとつとみなされてきた歴史がある。上記のように最近では「現実には各種動物において様々な型の眼が見られ、それらの性能もまた多様である。高度なものではヒトと同様かそれ以上の情報を提供するとされるものもあり、逆に簡単な明暗程度しかわからないであろうものもある」ともされ、“完全な眼”を想定するのは困難であり、また、不完全な視力では役に立たないとの論旨も根拠を持たないと言える。
 
== の神話 ==
* 「[[プロビデンスの目]]」は元々、「太陽(神)」のシンボル(丸、円=瞳)と「月(神)」のシンボル(三日月=瞼、またはアーモンド)を合成したものであり、「金星(神)=光明神」を意味する。「太陽(神)」+「月(神)」→「金星(神)」。また、この「三角形」は、この「目」で表される「神」が、「太陽(神)」でもあり、「月(神)」でもあり、そして、両者の合体した「金星(神)」でもあること、即ち、この「神」が「太陽(神)」と「月(神)」と「金星(神)」の三位一体の存在であることを、意味する。また、「金星(明けの明星)」は、「[[シリウス]]」と同等視・同一視され(「金星神信仰」と「シリウス神信仰」の習合)、よって、「金星」の拡張概念として、(「金星(神)」と「シリウス(神)」(とその他の星)を意味する、「星」を用いることもある。「太陽(神)」+「月(神)」→「星(神)」。
[[ファイル:ChristianEyeOfProvidence.svg|thumb|right|250px200px|プロビデンスの目]]
 
* [[エジプト神話]]において、[[ホルス]]神の右目は「太陽」、左目は「月」とされる。[[セト]]神を討つときに失われたホルス神の左目(ウアジェトの目)は、エジプト全土を旅して知見を蓄え、ホルス神の下に戻ってきた。また、ホルス神の両目は失われたが、後に回復した。セト神の両手は失われたが後に回復した。このことから、『「目」=「手」』である。
 
[[画像:Pentagram.svg|thumb|right|250px200px|セト神の「手」(×2)]]
 
* [[ヒンズー教]]において、[[シヴァ]]神の、「右目」でも「左目」でもない、額の「第三の目」が開くとき、世界は滅びる、とされる。
 
* [[仏]]([[如来]])の額にある[[白毫]]は「第三の目」を模したものである。
 
== 聖書における「目」 ==
*そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」(新改訳聖書 創世記3章4-5節)
 
*もし、あなたの手があなたのつまずきとなるなら、それを切り捨てなさい。不具の身でいのちにはいるほうが、両手そろっていてゲヘナの消えぬ火の中に落ち込むよりは、あなたにとってよいことです。もし、あなたの足があなたのつまずきとなるなら、それを切り捨てなさい。片足でいのちにはいるほうが、両足そろっていてゲヘナに投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。もし、あなたの目があなたのつまずきを引き起こすのなら、それをえぐり出しなさい。片目で神の国にはいるほうが、両目そろっていてゲヘナに投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。(新改訳聖書 マルコの福音書9章43-47節)
 
*気をつけなさい。目を覚まし、注意していなさい。その定めの時がいつだか、あなたがたは知らないからです。(新改訳聖書 マルコの福音書13章33節)
 
*また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください。』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。偽善者たち。まず自分の目から梁を取りのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、ちりを取り除くことができます。(新改訳聖書 マタイの福音書7章3-5節)
 
[[ファイル:Earth symbol.svg|thumb|left|150px|梁のある目]]
[[ファイル:Sun symbol.svg|thumb|left|200px|塵のある目]]
 
== 脚注 ==