「井上夢人」の版間の差分

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| website = [http://www.yumehito.com/ 夢人.com]
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'''井上 夢人'''(いのうえ ゆめひと、[[1950年]]<ref name="just_2">{{Cite interview|subject=井上夢人|interviewer=西尾真澄|url=https://www.justsystems.com/jp/school/academy/hint/sogo/work010_2i.html|title=僕がまだ見たことのない小説を書きたい(2/2ページ)|program=ジャストスクール([[ジャストシステム]])|accessdate=2018-03-10}}</ref>{{要出典範囲|[[12月9日]]|date=2018年3月}} - )は、[[日本]]の[[小説家]]・[[推理作家]]。[[福岡県]]生まれ<ref name="just_2" />。多摩芸術学園映画科中退<ref name="just_2" />。本名は'''井上 泉'''。ペンネームは[[ビートルズ]]の楽曲「[[夢の人]] - ''I've Just Seen A Face''」に由来<ref name="just_2" />。既婚<ref name="just_2" />
 
== 経歴・人物 ==
父が牧師である教会の家に生まれる。子供の頃は身体が弱かったために学校を休むことも多く、家でもっぱら母親が借りてきた本を読んで過ごしていた。小学4年生から6年生までは合唱団に所属し、ボーイソプラノの1番高いパートを担当していた。<ref name="just">{{Cite interview|subject=井上夢人|interviewer=西尾真澄|url=https://www.justsystems.com/jp/school/academy/hint/sogo/work010_1i.html|title=僕がまだ見たことのない小説を書きたい(1/2ページ)|program=ジャストスクール([[ジャストシステム]])|accessdate=2018-03-10}}</ref>
徳山諄一とコンビを組み、「[[岡嶋二人]]」のペンネームで、[[1982年]]に『[[焦茶色のパステル]]』で第28回[[江戸川乱歩賞]]を受賞しデビューする。その後、二人で創作活動を続けるものの、[[1989年]]刊行の『[[クラインの壺 (小説)|クラインの壺]]』を境にコンビは解消され、井上は現在のペンネームである「井上夢人」で創作活動を続けている。なお『クラインの壺』はほとんど井上の手によって書かれたものである。
 
中学1年生の時に観た映画『[[ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ! (映画)|ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!]]』をきっかけに[[ビートルズ]]に傾倒<ref name="just" />。お小遣いをすべてつぎ込んではレコードを集め、高校ではバンドを組んでボーカルを担当して彼らの楽曲を歌うなどしていた<ref name="just" />。しかし1967年の彼らのアルバム『[[サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (アルバム)|SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND]]』を聴き、そのあまりのすごさに「彼らに追いつけるわけがない」とバンド熱が冷め、母親が洋画好きだったことから幼い頃からよく観ていた映画へと次第に興味がうつっていく<ref name="just" />。そして[[旺文社]]主催の学生文芸コンクール・シナリオ部門で佳作入選を果たしたことから将来は映画の道へ進もうと決意し、多摩芸術学園映画科へ進学する<ref name="just_2" />。学生紛争の中でも楽しく学んでいたが、早く実際の現場に出たいと思うようになり、半年で大学を中退し、プロダクションに入社<ref name="just_2" />。脚本を書いたり、PR映画や記録映画の助監督として経験を積んだ後、仲間3人で映像制作会社を設立するが、1年足らずで会社は倒産し<ref>{{Cite interview|subject=井上夢人|interviewer=網谷隆司郎|url=http://mainichi.jp/sp/shikou/54/03.html|title=嗜好と文化 vol.54 井上夢人 自分で作る楽しみを知ったのはビートルズに出会ったから(3/3ページ)|date=2015-09-07|program=[[毎日新聞]]|accessdate=2018-03-10}}</ref>、アルバイトで生計を立てることになる<ref name="just_2" />。
[[1992年]]、[[新潮社]]刊行の『ダレカガナカニイル…』にて再デビューする。井上は岡嶋時代も執筆をすべて担当していたこともあり、軽快で上品な文体はそのまま引き継がれている。内容的にはややSFへの傾斜が強くなった。自身も再デビューしてから純然たるミステリーは書いていないと語っている。
 
徳山諄一とコンビを組み、「[[岡嶋二人]]」のペンネームで1975年から7年間で4回応募し、[[1982年]]に『[[焦茶色のパステル]]』で第28回[[江戸川乱歩賞]]を受賞しデビューする<ref name="just_2" />。その後、2人で創作活動を続けるものの、[[1989年]]刊行の『[[クラインの壺 (小説)|クラインの壺]]』を境にコンビは解消され、井上は現在「井上夢人」のペンネームである「井上夢人」で創作活動を続けている。なお『クラインの壺』はほとんど井上の手によって書かれたものである。
現在では井上夢人としての活動していた時間が岡嶋二人としての活動していた時間より長くなったが、作品数では少ない。[[大沢在昌]]は作品集『あわせ鏡に飛び込んで』発表に際する対談で「仕事を怠けている」と評している。
 
[[1992年]]、[[新潮社]]刊行の『ダレカガナカニイル…』にて再デビューする。{{独自研究範囲|井上は岡嶋時代も執筆をすべて担当していたこともあり、軽快で上品な文体はそのまま引き継がれている|date=2018年3月}}。内容的には本格物よりもホラーやSFへの傾斜が強くなった<ref name="yumehito">{{Cite web| title = 夢人.com| work = 井上夢人オフィシャルサイト| url = http://www.yumehito.com/| accessdate = 2018-03-10}}</ref>。{{要出典範囲|自身も再デビューしてから純然たるミステリーは書いていないと語っている|date=2018年3月}}。また、作品は岡嶋二人に比べると半分以下のペースで執筆されている<ref name="yumehito" />。{{要出典範囲|[[大沢在昌]]は作品集『あわせ鏡に飛び込んで』発表に際する対談{{Full citation needed|date=2018年3月}}で「仕事を怠けている」と評している|date=2018年3月}}。
<!--4ビット--><!-- ←「4ビット」に何か意味不明な拘泥があるようですが、4004他4ビットのアーキテクチャは(通史的に見れば)かなり特殊なものであり、チップの品種も(全体から見れば)少なく、それが使われたマイコンキット等の商品はごくわずかです。何らかの4ビットの機種にまつわる特別なエピソードでもない限り「4ビットマイコン時代」などというマイコン愛好家の歴史に存在しない時代をでっち上げないでください MN-->初期のパーソナルコンピュータが「マイコン」と呼ばれていた時代からコンピュータを趣味としており、度々作中に素材として登場するなどするため、しばしばコンピュータに強い作家と言われる。また自身のサイトでも自分の作品の冒頭部や解説の立ち読みが可能となっていたり、かつて[[アサヒグラフ]]別冊に書いたエッセイを自ら[[電子書籍]]化するなどするなどコンピュータへの強さが伺える。また小説の型を取っ払った新しい小説として、ハイパーテキスト小説「99人の最終電車」を執筆した。1999年には[[我孫子武丸]]、[[笠井潔]]、[[小森健太郎]]、[[貫井徳郎]]、[[法月綸太郎]]らと、電子書籍を供給する作家集団e-novelsを立ち上げ、技術面を一身に担うなど中心的存在となったが、2003年退会した。e-novelsは2007年に活動を休止している。
 
<!--4ビット--><!-- ←「4ビット」に何か意味不明な拘泥があるようですが、4004他4ビットのアーキテクチャは(通史的に見れば)かなり特殊なものであり、チップの品種も(全体から見れば)少なく、それが使われたマイコンキット等の商品はごくわずかです。何らかの4ビットの機種にまつわる特別なエピソードでもない限り「4ビットマイコン時代」などというマイコン愛好家の歴史に存在しない時代をでっち上げないでください MN-->{{要出典範囲|初期のパーソナルコンピュータが「マイコン」と呼ばれていた時代からコンピュータを趣味としており、度々作中に素材として登場するなどするため、しばしばコンピュータに強い作家と言われる|date=2018年3月}}{{独自研究範囲|また自身のサイトでも自分の作品の冒頭部や解説の立ち読みが可能となっていたり、かつて[[アサヒグラフ]]別冊に書いたエッセイを自ら[[電子書籍]]化するなどするなどコンピュータへの強さが伺える|date=2018年3月}}。また小説の型を取っ払った新しい小説として、パソコンで読むことを前提としたハイパーテキスト小説「99人の最終電車」を執筆した<ref name="just_2" />。1999年には[[我孫子武丸]]、[[笠井潔]]、[[小森健太郎]]、[[貫井徳郎]]、[[法月綸太郎]]らと、電子書籍を供給する作家集団e-novelsを立ち上げ、技術面を一身に担うなど中心的存在となったが、2003年退会した。e-novelsは2007年に活動を休止している。
 
== 著作 ==
* [[2040年のメリークリスマス]](1996年12月24日、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系「[[世にも奇妙な物語]]」の一編として放送、主演:[[萩原聖人]]、原作:四十四年目の証明)
* 風が吹いたら桶屋がもうかる(1997年10月18日、[[テレビ朝日]]系「[[幻想ミッドナイト]]」の一編として放送、主演:[[柏原崇]])
* オルファクトグラム(2002年2月17日、[[WOWOW]]、主演:[[高杉瑞穂]])
 
== 関連項目 ==
* [[岡嶋二人]]
* [[島田荘司]]
* [[小説家一覧]]
* [[推理作家一覧]]
* [[おきのどくさまウィルス]]
 
== 脚注 ==
{{Reflist}}
 
== 外部リンク ==