「パッタダカル」の版間の差分

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ヴィクラマディーティヤ→ヴィクラマーディティヤ
m (ヴィクラマディーティヤ→ヴィクラマーディティヤ)
6世紀から8世紀にかけてのヒンドゥー教建築は、ピラミッド形をした南部の様式<ref name=dra>「[[ドラヴィダ]]様式」とも呼称する。</ref>と砲弾形をした北部の様式が混在し、現在、9寺院が残っており、すべて[[宇宙]]の[[破壊]]と[[創造]]を司る[[シヴァ神]]を祀ったものである。遺跡では寺院が北から南にかけてほぼ年代順に並んでいる。
 
[[ヴィクラマディティヤ2世]](位733/4年~744/5年)は、[[南インド]]の[[タミル人]]王朝[[パッラヴァ朝]]の建築文化が高水準であることに感動し、[[建築家]]グンダを招聘して南インドの王領各地から石工や彫刻家たちを多数招いてパッタダカルに多くのヒンドゥー寺院を建設した。これらの寺院群は、パッラヴァ朝の[[カーンチプラム]]の寺院群の影響を強く受けた南部の様式によって建てられた。
 
[[ファイル:Pattadakal Virupaksha Temple.jpg|280px|left|thumb|'''ヴィルーパークシャ寺院'''——ヴィマーナの手前に列柱廊に囲まれたマンダパ(拝堂)があり、その三方に入口のポーチが設けられている(画面左側)]]
なかでも、パッタダカルで最大規模をほこる'''ヴィルーパークシャ寺院'''は [[8世紀]]にパッラヴァ朝との戦いに勝利して凱旋したヴィクラマディティヤ2世の栄光を記念するため、王妃ローカ・マハーデーヴィの命で造営され、グンダが設計を担当した寺院である。当時は、王妃の名よりローケーシュワラ寺院と呼称されたという。石でできた壮大な寺院の壁には、悪魔を退散させる無数のシヴァ神像が彫刻されており、3段構造の[[ヴィマーナ]](本堂)が戦勝を記念して寺院群の中にそびえる。寺院正面にはシヴァ神に仕える牡牛[[ナンディン]]の像がある。
 
他に南インド様式を代表する寺院に'''マリカールジュナ寺院'''や'''サンガメーシュワラ寺院'''がある。マリカールジュナ寺院はヴィルーパークシャ寺院をやや小規模にしたもので、やはり王の戦勝記念に第 2王妃が造営したといわれている。どちらも屋根は、水平層を階段状に積み重ねる形式<ref name=dra/>になっている。これら南部様式の寺院は、のちにつくられた[[エローラ]]の[[エローラ石窟群#ヒンドゥー教石窟|カイラーサナータ寺院]]にも影響を与えたことで知られる。