「全日空機雫石衝突事故」の版間の差分

→‎墜落: タイプミスを修正
(GANGSTA-T (会話) による ID:67443665 の版を取り消し)
タグ: 取り消し
(→‎墜落: タイプミスを修正)
タグ: モバイル編集 モバイルアプリ編集
衝突直後には大きな白い[[雲]]状の物が発生した事実を多くの者が目撃しており、写真撮影した者も複数いた。事故発生後の写真に関しては、[[毎日新聞社]]発行の[[サンデー毎日]]1971年8月15日発行の緊急特別号の表紙に「全日空機 散る」との見出しとともに、空中で自衛隊機と全日空機が接触し、機体が空中分解した後の全日空機が白いジェット燃料の白煙を曳きながら墜落していく様子を写した画像が掲載されている。 偶然近くの[[青森県]]上空を飛行していた[[東亜国内航空]]114便[[パイロット (航空)|パイロット]]や、[[花巻]]上空を飛行していた全日空61便のパイロットが、状況を把握できず混乱に陥った58便からの通信を傍受していたが、それもすぐに途絶えてしまった<ref name="朝日新聞19710731" />。なお、操縦士らは地面に激突して大破した機首の中で発見された。また機体が空中分解したため、事件現場の近傍で働いていたり通行していた者は「黒い豆のようなものが落ちてきた」と証言している。<ref>[http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/066/1020/06608021020001a.html 第1号 昭和46年8月2日]</ref>乗客達は安庭小学校のある西安庭地区を中心とした雫石町内の各地に全日空機の残骸とともに落下し、極めて凄惨な状況で発見された。また、全日空機の車輪の残骸が民家の屋根に落下・貫通し、当時81歳の住民の女性が負傷した<ref name="朝日新聞19710731" />。
 
墜落の衝撃による[[火災]]はなかったため、比較的早く[[犠牲者]]の身元が判明したが、遺体は高速で地上に叩き付けられため、極めて凄惨な状況を呈していたという<ref name="朝日新聞19710731" />。また遺体を[[検死]]していた[[警察]]が[[犠牲者]]のうち1名を取り違えるミスをしたため、身元確認の精度について疑問が持たれることとなった。
 
一方の訓練機は、接触の後、錐揉み状態に陥った。訓練生は[[射出座席]]装置のレバーを引こうとしたが、機体の回転による遠心力のため手をレバーへ動かすことができず、射出できなかった。しかし、[[キャノピー]](風防)が離脱していることに気づいたため、安全ベルトを外して機体から脱出し、[[パラシュート]]で降下し生還した<ref>事故調査報告書 1.技術調査 1.1 飛行経過 3.接触時およびその後の状況</ref>。無人となった自衛隊機も空中分解し、田んぼに墜落した<ref name="朝日新聞19710731" />。
匿名利用者