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ホーガンは本当に左利きだったのか?
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(ホーガンは本当に左利きだったのか?)
 
== 略歴 ==
身長5フィート7インチ(約170 cm)、体重140ポンド(64 kg)と ゴルファーとしては決して体格に恵まれなかったが、ドライバーの飛距離は出る方で、プロになりたての頃は[[ドライビング・コンテスト]]にも出場していた。また、ホーガンは左利きであったが、ゴルフでは右打ちであった。[[1938年]]から[[1959年]]の間、ホーガンの選手生活は[[第二次世界大戦]]や致命的とも思われた自動車事故で中断されたにもかかわらず、プロゴルフのトーナメントで64勝を達成している。
 
また、ホーガンは右打ちだったが本来は左利きで少年時代に右打ちに直したものだという話がメディアなどで語られることがあるが(自身の著書『Five Lessons』の中でも同様の話を披露している)、ただしホーガン自身は晩年の1987年の米国ゴルフマガジン社とのインタビューの中で、生まれつきの左利きという説を明確に否定している。自分は右利きだったが最初に与えられたクラブが左利き用だったので最初は左打ちで練習していただけだと語っている。ホーガンには打法を含めて様々なミステリーがあるがホーガン自身がとりわけ現役時代、無口な上に、しばしば質問に対して答えをはぐらかしたりミスリードすることがあり、そうした言動が謎を生じさせていた。しかし、このインタビューは最晩年の動画インタビューであり、彼自身の生の声で語られただけに真実性が高いと思われる。
 
[[1948年]]のみで、ホーガンはトーナメント10勝を稼いだ。しかし、翌[[1949年]][[2月2日]]、37歳0ヶ月で拳銃自殺した父チェスターの誕生日の64年0日後に、36歳5ヶ月のベンを悲劇が襲う。自動車を運転中、バスとの正面衝突により瀕死の重傷を負ったのである。骨盤の複雑骨折、鎖骨、左足のくるぶし、肋骨の各骨折に加え、身体各所に血栓ができ、彼は生涯にわたって循環器系を始めその他肉体的な制約を背負うことになる。当時の主治医は、競技ゴルフに参加することはもちろん、2度と歩くことすらできないのではとの診断を行った。