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[[ファイル:Sushi7.jpg|thumb|アボカド・サーモンを「裏巻」したカリフォルニアロールのバリエーション]]
[[ファイル:Sushi stand in Night Hawkers.JPG|thumb|[[タイ王国|タイ]]の南都・[[ハジャイ]]の夜市での寿司屋台(ギャラリーに詳細写真あり)]]
長い鎖国が解かれ、明治になると移民として南米へ、北米へと渡る者も多く、各地で[[]]コミュニティが生まれた。[[アメリカ合衆国]]で最初の日本料理店「大和屋」が[[サンフランシスコ]]に開店したのが1887年。[[ロサンゼルス]]では、後に[[リトル東京]]と呼ばれる地域に日本食レストラン「見晴亭」が1893年開店し、1903年に[[蕎麦]]屋、1905年には[[天ぷら]]屋、そして1906年には寿司屋が開店する。戦前のリトル東京の日本料理店は、主に最大数万人規模のコミュニティにまで膨れ上がった日系人のための食堂であった。しかし、[[第二次世界大戦]]でアメリカ合衆国と敵対国になったことにより、日系人コミュニティは[[日系人の強制収容|強制収容]]という形で衰退してしまう。
 
戦後のリトル東京の寿司屋は、しばらく1930年代に創業した稲荷寿司と巻き寿司、型抜きした酢飯に魚を乗せただけの寿司を提供する店一軒のみであった。アメリカ寿司ブームの仕掛人とされる共同貿易社長の[[金井紀年]]により、1962年にガラスのネタケースが海を渡り、老舗日本料理店「川福」の一角に本格的なカウンターを設えた「sushi bar」<ref group="注釈">「sushi bar」の「bar」とは横に長いもの、つまり、この場合は「寿司を出すカウンター」という意味(転じて「寿司屋」や「寿司を出す店」そのものも指す)[http://ejje.weblio.jp/content/sushi+bar Weblio英和辞典・和英辞典「sushi bar」]で、アルコール飲料を注文する必要はなく、未成年でも座れる。</ref>ができ、続いて「栄菊」、[[カリフォルニアロール]]発祥の店となる「東京会館」も、1965年にネタケースを設えて「sushi bar」は3軒となった。当初は寿司を食べる欧米人はほとんどいなかったが、1970年代に入ると徐々に欧米社会にも受け入れられ、1970年代後半には寿司ブームともいわれるほどに成長していった。しかし[[海藻]]を食べる習慣のない欧米人からは、[[海苔]]は黒い紙のように見え気持ち悪がられたため、酢飯で海苔とタネを巻く「裏巻き」と呼ばれるスタイルが流行することとなった。「すしバー」では[[江戸前寿司]]だけでなく、各店で独自にアレンジした料理も提供され、欧米では「すしバー」の名称が正統派の寿司店や寿司レストランを含む総称になりつつあるとも言われている<ref>2006年産経web[http://s01.megalodon.jp/2009-0616-1118-35/www.sankei.co.jp/enak/2006/nov/kiji/28lifesushibar.html 海外で急増、定着する「すしバー」]</ref><ref>[http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG25H4P_V20C17A4CC0000/ 「金井紀年氏が死去 米で日本食普及に尽力 」]日本経済新聞2017/4/25</ref><ref>[https://www.sandiegoyuyu.com/index.php/features-2/interviews/425-2012-09-15-21-13-46 「ゆうゆうインタビュー 金井紀年」]サンディエゴゆうゆう</ref>。
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日本でも知られている[[カリフォルニアロール]]以外にも、世界各地の食文化と融合したスシ(sushi)が相次ぎ誕生している。[[メキシコ]]の[[トルティーヤ]]と組み合わせた「寿司[[タコス]]」「寿司[[ブリトー]]」、[[ハワイ料理]]風の「[[ポケ|ポキ]]寿司ボウル」、魚や肉を避ける人向けに[[豆]]の粉を魚介類風に加工してネタとする「フェイク寿司」([[香港]])などである<ref>スシ「新種」続々『[[読売新聞]]』朝刊2018年3月12日(ポップスタイル・クール面)</ref>。
 
東南アジアの[[タイ王国]]では、スシ・レストラン以外に[[屋台]]街で販売されるようになっている。酢飯は甘めが好まれ、ネタは魚介類以外に[[ピータン]]などがのせられる<ref>【ご当地Price】タイ■屋台スシ1貫17円/ちょっと甘めな庶民の味方『[[日経MJ]]』2018年3月19日(アジア・グローバル面)</ref>。
 
世界各地の[[寿司屋|スシ・レストラン]]には中国人、韓国人など日本人以外の経営・調理によるものが増加し、日本人による寿司店の割合は10パーセント以下とまで言われるほど減少している<ref>2006年12月17日Jcastニュース[http://s02.megalodon.jp/2008-0511-2245-16/www.j-cast.com/2006/12/17004369.html 「すしポリス」に米国猛反発 火付け役は中国、韓国人?]</ref>。そのため、日本の伝統的な寿司の調理法から大きく飛躍(あるいは逸脱)した調理法の料理までもが「スシ」として販売されるようになった。酢をあわせていない飯に魚や中国料理を乗せて「スシ」だと称するところまである(日本国外における寿司職人養成の一端に付いては、前述の項目「[[寿司#職人 ]](しょくにん)」を参照)。更にはご飯も魚介も関係なく、一つの食材の上に別の食材を置いた料理を「Sushi style」と称して客に提供する星付きレストランまで現れた。このような現状{{いつ|date=2014年3月}}<!-- See [[WP:DATED]] -->から日本の[[農林水産省]]は「正しい日本食を理解してもらうための日本食の評価」を日本国外の日本食店に行う計画を打ち出したが、欧米の一部には、これを新しい食文化の誕生を疎外するものであると批判的に見る向きもあった。日本でも、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の新聞・[[ワシントン・ポスト]]紙が2006年12月24日付け記事[http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/11/23/AR2006112301158_pf.html]で用いた「スシ・ポリス(Sushi Police、スシ警察)がやってくる!」との表現が取り上げられた。このような反応を受けて農水省は認証制度の導入を止め、[[和食]]の国際的普及を目指す[[特定非営利活動法人]](NPO)の「日本食レストラン海外普及推進機構(JRO)」が民間の立場から推奨店を決定する方式を取ることとした<ref>{{cite news |title=海外の日本食レストラン推奨ガイドラインを策定 |author= |newspaper=産経新聞 |date=2008年1月29日 |url=http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080129/trd0801291806007-n1.htm}}{{リンク切れ|date=2015年9月}}</ref>。