「新興産業 (建材)」の版間の差分

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外壁材『パッ!とさいでりあ』や屋根材『パッ!とやねでりあ』を全国発売していたことで知られる。[[1991年]]から放送された、[[作曲家]]で[[タレント]]の[[小林亜星]]を起用した「パッ!とさいでりあ」(作詞:[[伊藤アキラ]] / 作曲・編曲:[[小林亜星]])の[[コマーシャルメッセージ|CM]]が人気を集め、[[コマーシャルソング|CMソング]]はシングルCDとしても発売された(その他に[[俳優]]の[[古谷一行]]も出演していた)。
 
設立当初は[[ガス警報器|ガス漏れ警報器]]の販売を行っていたが、後に[[リフォーム|リフォーム業]]に進出し、約25年にわたり、外壁材・屋根材を中心に、販売・施工の事業を行う。社長(当時)[[安田修 (会社社長)|安田修]]が一代で全国63店舗・2000名の社員を有する会社となり、最盛期[[1995年]]には500億円以上の年商を誇り、業界最大手とし業績を伸ばす。もっとも、社員の[[ノルマ]]は大変厳しく(現在でいうところの[[ブラック企業]])、その強引な訪問販売も問題となった。1995年秋には、さいでりあ商法が週刊誌で[[悪徳商法]]に取り上げられ社会問題となった。翌[[1996年]]、テレビ宣伝の自粛を求められると一気に売上が激減すると共に、[[銀行]]が新規融資を止めるに至り、[[2003年]]には倒産に至った。
 
軽くて丈夫な外壁材として、[[金属サイディング]][[金属屋根材]]をメジャーにした功績は大きく、同業他社や各メーカーも認めるところであった。
 
1991年から放送されたテレビCMもユニークで人気があったため、「サイディング=パッ!とさいでりあ」と勘違いしている一般ユーザーも多くいた。
 
[[不動産会社|不動産業]]等他業種への参入を計り、事業所の縮小も行っていくが、経営は改善せず、[[2003年]]1月に1回目の[[不渡り]][[手形]]を出して経営破綻となり事業を停止、その直後に2回目の不渡りを出して倒産した。負債総額は約220億円。同年[[1月14日]]付で解散し清算会社となった。[[2005年]][[11月11日]][[破産手続開始決定]]。[[2013年]]3月現在、破産手続は継続中である。
 
社長(当時)の[[安田修 (会社社長)|安田修]]は倒産以前は[[日本中央競馬会]]の[[馬主]]として知られ、[[シンコウラブリイ]]や[[シンコウフォレスト]]、[[シンコウキング]]など[[冠名]]「シンコウ」の競走馬を所有していた。