「片岡音吾」の版間の差分

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戦後の[[財閥解体]]の混乱期に[[公職追放]]で役員の大半を失った際には、[[北裏喜一郎]]に対し「野村証券はこの程度の追放で屋台骨がくずれることはないはずだ。玉ねぎのようにいくら皮をむいても新しい芽が出てくる。」と述べて励ました<ref>1991/08/06, 日本経済新聞</ref>。
 
[[ジャパンライン]](現[[商船三井]])社長を務めた[[片岡晴四郎]]は次男。
 
== 脚注 ==
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