「ハヤブサ (プロレスラー)」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
タグ: モバイル編集 モバイルアプリ編集
35行目:
「'97[[チャンピオン・カーニバル (プロレス)|チャンピオン・カーニバル]]」より全日本にスポット参戦。馬場には試合内容を高く評価され、気に入られたという。
 
全日本で人生とタッグを結成して小橋&[[志賀賢太郎]]組に勝利。FMWの川崎球場大会では、小橋&[[太陽ケア|マウナケア・モスマン]](現:太陽ケア)組と戦い、自らが小橋のラリアットに敗れた。年末には、人生とともに全日本プロレスの[[世界最強タッグ決定リーグ戦]]に参戦。強い格付け意識を押し出した当時のメジャー団体の中で、戦績は2勝7敗と振るわなかったが、多くの好勝負を展開<ref>2勝の内訳は、[[ジャイアント・キマラ]]&[[泉田純]]組、[[ジム・スティール|ウルフ・ホークフィールド]]&[[ジョニー・スミス]]組。</ref>。この年はFMWと全日本プロレスをまたにかけた活躍が評価され、年末の[[プロレス大賞]]で殊勲賞を受賞。
 
1998年4月、雁之助からFMW二冠統一王座を奪取して10月には[[格闘探偵団バトラーツ]]の[[池田大輔]]とのタッグで[[冬木弘道]]&[[金村キンタロー|金村ゆきひろ]](現:金村キンタロー)組から[[世界ブラスナックルタッグ王座]]を奪取。しかし、11月に冬木に敗れ、FMW二冠統一王座を失った。海外では、人生と共に[[ECW]]に参戦。[[ロブ・ヴァン・ダム]]&[[テリー・ブルンク|サブゥー]]組が保持していた[[ECW世界タッグチーム王座|ECW世界タッグ王座]]に挑戦。