「ヤマハ・KXシリーズ」の版間の差分

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: [[1984年]]5月1日発売。37鍵を備える外部音源を演奏するための小型で軽量の[[ショルダーキーボード]]である。イニシャル・アフタータッチ付き。リボンコントローラでピッチベンドを操作可能。MIDIチャンネルのセレクターで、2系統の音源の切り替えも可能。色はブラックレザーサテンとシルバーメタリックの2カラーのバリエーションがある。発売から15年以上経って絶版となったロングセラーであるため現在も中古市場などでも入手がしやすく、今でもかなりの人気の機種でもある。そのためKX5はショルダーキーボードの定番機種となり発売当時からショルダーキーボードの中では世界的に名機でもあった。小室哲哉用のカスタマイズモデルとして、外板全体が銀色の鏡面仕上げのものも作られた。浅倉大介もカスタマイズモデルを使用しており、黒鍵が金色、白鍵が銀色に塗装されているものである。坂本龍一は1986年に初のソロツアーをスタートさせる際に、ラジオ番組で「ショルダーキーボードだけは絶対に使いたくない」という旨の発言をしたが、いざツアーが始まってみるとアンコールでKX5を弾きまくり、ファンが苦笑したというエピソードもある。日本では他にも向谷実(元CASIOPEA)、和泉宏隆(元T-SQUARE)も使用。チック・コリアは1985年のエレクトリック・バンド結成時より長きに渡り使用し、他に有名な海外のアーティストとしては、A-ha、ハワード・ジョーンズ、トーマス・ドルビー、ヤン・ハマー、トーマス・アンダース、デビー・ギブソンなどが使用していた。軽量モデルのため女性奏者の使用も多く、古くはCOSMOSの松居(土居)慶子、最近では桃井はるこが使用している。
; KX76
: [[1985年|1985年12月1日]]発売。76鍵のマスターキーボード。イニシャル/アフタータッチ付。上下2オクターブの移調が可能。32音色×2チャンネルの音色選択キー、19個のコントローラー、パネル設定を16種まで記憶可能。シンセサイザー、トーンジェネレーター、リズムマシーン、シーケンサーまで、MIDIのすべてを縦横無尽にコントロールが可能。外観は一般的な[[シンセサイザー]]だが音源は内蔵されず、[[ヤマハ・TXシリーズ|TX816]]などの外部音源と接続して演奏するキーボードである。のD日本では向谷実(元カシオペア)が1986年からヤマハEX5を使用する1998年頃まで使用し、和泉宏隆(元T-SQUARE)も使用。1986年のTM NETWORKのコンサートでは小室哲哉が3段積みのKX76をメインキーボードとして使用していた。海外では、イエス在籍時のトニー・ケイ、TデヴOのィッド・ペイチ(TOTO)、ステ(Tやィーヴ・ポーカロ(TOTO)、チ(Tック・コリアも使用していた。
; KX88
: [[1985年|1985]]年1月1日発売。88鍵[[ピアノ]]タッチ鍵盤のマスターキーボード。KXシリーズの最高機種。イニシャル/アフタータッチ付。上下2オクターブの移調が可能。32音色×2チャンネルの音色選択キー、19個のコントローラー、パネル設定を16種まで記憶可能。シンセサイザー、トーンジェネレーター、リズムマシーン、シーケンサーまで、MIDIのすべてを縦横無尽にコントロールが可能。鍵盤の数とピアノタッチ鍵盤以外はKX76と同様で外観は一般的なシンセサイザーだが音源は内蔵されず、[[ヤマハ・TXシリーズ|TX816]]などの外部音源と接続して演奏するキーボードである。向谷実(元カシオペア)は発売当初から長きに渡り(1985年から2001年頃まで)メインのキーボードとして使用していた。小田和正もオフコース時代からソロ活動の初期(1990年代中頃)まで使用していた。TM NETWORKのCAROLのコンサートでも小室哲哉が使用。他にも海外ではスティービー・ワンダー、レイ・チャールズ、TOTOのデヴィッド・ペイチやスティーヴ・ポーカロ、シカゴのロバート・ラムやビル・チャンプリン、チック・コリア、マイク・リンダップ(Level42)、ラッセル・フェランテ(イエロージャケッツ)、A-haのマグネ・フルホルメンなど多数のキーボーディストによって使用していた。