「辻政信」の版間の差分

== 評価 ==
[[ファイル:Memorial statue of Masanobu Tsuji.JPG|200px|サムネイル|[[石川県]][[加賀市]]の「辻政信之碑」]]
毀誉褒貶がきわめて大きな人物で激しくその歴史的評価は正負真っ向に分かれている。
 
前述のとおり、人を引き付ける個性や強い正義感とともに、軍事作戦の才能などは高く評価された。戦時中、[[マレー作戦]]で辻は新聞記者相手の広報も担当し、記者達は辻がよどみなく語る名作戦の数々に感嘆し、辻を「作戦の神様」と謳った。[[秦郁彦]]は、作戦参謀としての辻を、マレー作戦は高評価、バターン半島作戦も一定の評価をしている<ref>秦郁彦『昭和史の軍人たち』文藝春秋、1982年{{要ページ番号|date=2015年9月}}</ref>。
 
批判的評価としては、[[シンガポール華僑粛清事件]]や[[バターン死の行進]]での職務越権命令、および戦後の逃亡による戦犯としての処罰逃れ等が挙げられている<ref>[[大西覚]]『秘録昭南華僑粛清事件』金剛出版、1977年、70頁。</ref><ref>田々宮英太郎『参謀辻政信・伝奇』 芙蓉書房出版、1986年、152-153頁。</ref><ref>{{Cite book |和書 |last= |first= |author=[[今井武夫]] |year= 2009|title=日中和平工作 回想と証言 1937-1947 |publisher=みすず書房 |page=157-158 |id= |isbn= |quote= }}</ref>。秦郁彦は、[[ノモンハン事件]]での独断専横と部下への責任押し付けを批判している<ref>秦郁彦『昭和史の軍人たち』文藝春秋、1982年{{要ページ番号|date=2015年9月}}</ref>。
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