「叙勲」の版間の差分

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叙位は位階(正一位、従三位など)を授ける制度で[[603年]]の[[冠位十二階]]の制に始まる<ref name="ndl" />。叙勲は勲位(一等から十二等まで区分)を授ける制度で、本来は武人など勲功を挙げた者に対して授与されたもので[[701年]](大宝元年)から始まった<ref name="ndl" />。日本の律令法([[官位令]])では、勲一等は位階正三位、勲十二等は従八位下に相当するとされた。[[大宝律令]]制定とともに始まったこの制度は、[[藤原仲麻呂の乱|藤原仲麻呂の乱(恵美押勝の乱)]]で[[孝謙天皇#孝謙上皇|孝謙上皇]]側が自派の将兵に勲位を濫授したことで知られている。しかし、叙勲は941年の[[承平天慶の乱#藤原純友の乱|藤原純友の乱(承平天慶の乱)]]以後ほとんど行われなくなった<ref name="ndl" />。
[[ファイル:Dai Nippon Teikoku kunsho kagami by Yūsai Toshiaki.jpg|thumb|right|300px|[[中澤年章|年章]]画「大日本帝國勲章鏡」1895年(明治28年)出版]]
 
明治時代になると西洋の諸国にならって勲章や褒章の制度が設けられた<ref name="ndl">{{Cite web |url=http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8737298_po_0829.pdf?contentNo=1 |title=『調査と情報』829号 勲章・褒章制度 |publisher=国立国会図書館 |accessdate=2017-08-18}}</ref>。日本で初めての勲章は1867年のパリ万国博覧会で薩摩藩がフランス政府高官に進呈した薩摩琉球国勲章であるとされている<ref name="ndl" />。