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=== 生態 ===
主なエサは動物性プランクトンや[[オキアミ]]類(日本付近では、[[ツノナシオキアミ]])を捕食している。回遊魚であるが同じ海域に戻り産卵する性質がある(産卵回遊性)。生後数年で性成熟し産卵活動に参加するが、産卵を行わない年もあるとされている<ref name="aquaculturesci.62.195">長倉義智ほか:[http://doi.org/10.11233/aquaculturesci.62.195 宮古湾で再捕されたニシンの年齢と産卵回帰] 水産増殖 Vol.62 (2014) No.2 p.195-197</ref>。孕卵数は体長と共に増加し、  24cm-2.2万粒、28cm-3.8万粒、32cm-6.5万粒、36.6cm-9.3万粒 との報告があり年齢に万を付けた数が概略の孕卵数となる<ref name="aquaculturesci.62.195"/>。
 
==== 産卵と成熟 ====
主に[[刺網]]漁や巻網漁によって漁獲される。1890年頃から1917年頃までの漁場は[[富山県]]沿岸から[[秋田県]]沿岸であったが、年々漁場が北上し、1920年頃には[[青森県]]沖から[[北海道]]まで北上した。1923年には青森県沖の漁場も不漁となり、本州日本海側の漁は消滅した<ref name="agrmet.41.386"/>。
 
1910年以降急激に漁獲量が増えた北海道沿岸([[小樽]]から[[稚内]]にかけて)の漁は[[明治]]末期から[[大正]]期の最盛期には春先の産卵期に回遊する北海道・サハリン系を主対象として100万t近くの漁獲高があり、北海道ではニシン漁で財を成した[[網元]]による「[[鰊御殿]]」が建ち並ぶほどであった。しかし、[[1953年]]([[昭和]]28年)から減少が始まり、[[1955年]]には5万tにまで激減し衰退した。その後は[[ロシア]]や[[カナダ]]からの輸入品が大半を占めるようになった。激減の原因としては[[海流]]あるいは海水温の上昇<ref name="agrmet.41.386"/>、乱獲<ref name="katano">[http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2067 「魚はどこに消えた?」 急がれる資源管理 北海道から消えたニシンは何処にいった?]、片野歩([[マルハニチロ水産]])、[[月刊WEDGEWedge|WEDGE]]・[[2012年]][[7月19日]]配信、同日閲覧</ref>、森林破壊などとする諸説があるが解明されていない。しかし、1890年代から2000年代までの海水温と漁獲量の変化を分析したところ、北海道-サハリン系ニシンの資源量変動と、海水温の長期変動には強い相関があり<ref>田中伊織:[http://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010660393 北海道西岸における世紀の沿岸水温およびニシン漁獲量の変遷] 北海道立水産試験場研究報告 (62), 41-55, 2002-03</ref>、乱獲だけが資源量減少の理由ではないとする研究者もいる。
 
激減以降、減少した漁獲を増加させるために人工孵化や稚魚放流も行われている<ref name="78_7"/>が、[[2002年]]から[[2011年]]間の10年間のニシンの平均水揚げ数量は4千tに留まり<ref name="katano"/>、根本的な解決に至っていない<ref name="suisan.76.252">大河内裕之、山根幸伸、長倉義智:[http://doi.org/10.2331/suisan.76.252 ニシン:種苗放流の考え方〜生態的知見を基礎とした資源増殖の試み〜] 日本水産学会誌 Vol.76 (2010) No.2 P252-253</ref>。それにもかかわらず、日本の魚介類の[[漁獲可能量|漁獲枠]]対象魚種には未だリストアップされていない<ref name="katano"/>。しかし、1990年代に[[石狩湾]]系群を対象として漁網の網目を大きくするなどの2年級未満を捕獲しない保護策や、稚魚放流が実施された結果、2003年から資源量が増加したとする報告がある<ref>[http://www.fishexp.hro.or.jp/cont/central/section/shigen/j12s220000000tvb.html 増えたニシンを管理する(石狩湾系ニシン)] 地方独立行政法人 北海道立総合研究機構</ref>。
 
[[ノルウェー]]沿岸のニシン漁は、1970年から1990年の約20年間不漁が続いたが、資源管理を行ったところ漁獲量が復活したというデータがある<ref name="katano">[http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2067 「魚はどこに消えた?」 急がれる資源管理 北海道から消えたニシンは何処にいった?]、片野歩([[マルハニチロ水産]])、[[月刊WEDGE|WEDGE]]・[[2012年]][[7月19日]]配信、同日閲覧</ref>。しかし、過去400年の間に50年から80年間の豊漁期間と、30年から60年間の不漁期間をくり返してきたとする研究もあり<ref name="agrmet.41.386"/>、漁獲量回復の原因が資源管理の成果であるのかは不明である。
 
== 利用 ==
[[File:Rollmops 01 retouched.jpg|thumb|200px|right|Rollmops]]
[[File:Kipper.JPG|right|thumb|200px|<center>Kippered "split" herring</center>]]
ニシンの甘酢漬け(〆鯡(しめニシン))がロールモップ([[:en:Rollmops|Rollmops]])としてヨーロッパの代表的な食べ物の1つである。
 
[[オランダ]]では塩味を付けたニシンを生で食べる([[ハーリング (料理)]]の項を参照)。トマトとすり下ろし人参で作ったソースにつけ込んで酢じめにする。食べる人は顔を上げ、ニシンの尻尾を持ってぶら下げ頭から飲み込むように食べる<ref>{{Cite news
* 俳句では春の[[季語]]。
* [[演歌歌手]] [[北原ミレイ]]「[[石狩挽歌]]」の歌詞には'''ニシン'''が何度も出て来る。「[[鰊御殿]]」以降を歌った[[哀歌]]である。楽曲は[[1975年]]に発表、歌詞にはかつての客船[[笠戸丸]]が沖を航行する様子があり、笠戸丸がフィッシュ・ミール工船に改装後北洋で運用していた時代を([[1932年]]から[[1945年]])基にしている。
* [[毛織物]]で、日本では杉の枝に似ていることから「杉綾」と呼ばれるパターンは、二枚におろしたニシンの半身に似ていることから、欧米では「Herrin Bone  (ヘリンボーン:にしんの骨)」と呼ばれる。
 
== 参考画像 ==
</gallery>
 
== 脚注 出典==
{{Reflist|2}}
 
* [[ヘリンボーン (模様)]] - ニシンの骨の形状に例えられる[[模様]]。
* [[ニシンの戦い]] - 1429年、[[百年戦争]]中に起きた戦い。ニシンの塩漬けの樽で[[バリケード]]を築いて防戦したことからこの名がついた。
*[[ウォースパイト (戦艦)]] - 修理のために[[ジブラルタル]]に停泊中、腐ったニシンのトマトソース煮込みが出された事に怒った将兵が主計長の部屋に料理をぶちまける騒動が発生する。それ以来、同艦でニシンのトマトソース煮込みが提供されることくなった。
 
== 外部リンク ==
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