「脱工業化社会」の版間の差分

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'''脱工業化社会'''(だつこうぎょうかしゃかい、{{lang-en-short|post-industrial society}})は、[[工業化]]を経た[[産業社会]](工業社会)がさらに発展し、[[産業構造]]において[[情報]]・[[知識]]・[[サービス]]などを扱う[[第三次産業]]の占める割合が高まった[[社会]]のこと。「'''脱工業社会'''」、あるいは「'''脱産業(化)社会'''」、「'''ポスト工業(化)社会'''」とも呼ばれる。
 
== 脱工業化社会論 ==
 
=== ダニエル・ベル ===
{{seealso|ダニエル・ベル}}<!--本項目で詳述-->
ベルの言う脱工業化社会とは、[[財]]の[[生産]]からサービス(高度情報サービスなど)に経済活動の重心が移行し、理論的知識が社会の「中軸原則」となり改革や[[政策]]形成の源泉となる社会である。ここから、「知識階級」と呼ばれる専門・技術職層の役割が大きくなり、組織運営の様式も経済外的な要因を配慮する「社会学化様式」に変わっていく社会、すなわち、「人間相互間のゲームを基本的な原理として運営される社会」が導かれる。しかし、この社会でも、[[社会計画]]に関しては必ずしも合理性だけで押しとおすことはできず、最終的な政策決定をめぐっては、効率性を追求する[[テクノクラート]]と各集団の利害を代表する[[政治家]]との間の矛盾が続くことになる。
 
=== (中期)アラン・トゥーレーヌ ===
{{seealso|アラン・トゥーレーヌ}}<!--本項目で詳述-->
中期(1968年〜1986年)アラン・トゥーレーヌによれば、脱工業化(脱産業)社会とは、何よりも新たな形態の社会紛争を特色とする社会であり、『工業(産業)社会の特徴が、産業主義企業家と統制的労働組合運動(古い社会運動)との全体社会のありようをめぐる対立関係であったとすれば、脱工業化(脱産業)社会を特徴づけるのは、専門技術との関係で権力を行使する新たなテクノクラシーと、そうした技術や権力から排除されることによって疎外される新たな人々との闘争(新しい社会運動)ではある』という仮説に基づいている。その検証のために大規模な社会学的介入調査が実施された結果、このような仮説は、後期トゥレーヌ(1986年〜現在)自身によって否定されることになる。現在、トゥレーヌはモダニティ自体の捉え方を更新することで、脱産業社会における「新しい社会運動」論を乗り越えつつある。
 
=== アルビン・トフラー ===
{{main|アルビン・トフラー}}<!--参照項目で詳述-->
アルビン・トフラーは『[[第三の波 (トフラー)|第三の波]]』([[1980年]]刊)の中で、[[新石器革命|農耕革命]]<ref group="注">著書では「農業革命」([[英語]][[原文]]における“agrarian revolution”の訳)となっているが、これは18世紀における農業生産の飛躍的向上に付随した[[農業革命]]のことではなく、[[新石器時代]]に人類が初めて[[農耕]]を開始したことに伴い、それまでの[[狩猟採集社会]]から社会構造を大変革させ、その後の[[文明]]の形成にまで波及した農耕革命([[新石器革命]])を指している。</ref>、[[産業革命]]に続く第三の変革を「脱工業化社会」としている。[[情報]]によって物理的資源の大部分が置き換えられ、さらに非効率な指揮系統の中で人々が一箇所に留まる[[官僚]]的組織とは対照的に、目的を持った人々の集まりが流動的に変化する「[[アドホクラシー]]」、特定の人々に対して柔軟かつ効率的に製品を提供する「[[マスカスタマイゼーション]]」、技術の進歩によって[[消費者]]が[[生産]]をも行うようになる「[[生産消費者]]」の登場などが描かれている。
 
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