「ワールド・エアウェイズ30H便大破事故」の版間の差分

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== 概要 ==
当該30H便([[マクドネル・ダグラス DC-10]]-30CF、[[機体記号]]: N113WA)は、カリフォルニア州[[オークランド国際空港 (カリフォルニア州)|オークランド空港]]を出発し、途中[[ニュージャージー州]]の[[ニューアーク・リバティー国際空港]]を経由して、ボストン・ローガン国際空港を 最終目的地とする定期旅客便だった。非精密進入方式によるアプローチののち、ボストン国際空港の15R滑走路の[[滑走路#路面標示|ディスプレイス・スレッシュホールド]]の奥側およそ2,800[[フィート]](滑走路の残り9,191フィート)地点に接地したが滑走路内では停止できずそのまま直進し、滑走路端の[[進入灯]]への衝突を避けるために転舵したがスリップした状態で護岸築堤を乗り越えて[[ボストン湾]]の浅瀬部に突っ込んだ。衝撃で機首と胴体は分離した。乗員乗客212名中、胴体分離の割れ目部分の座席にいた乗客2名が機外に放出され行方不明となり後日死亡推定とされた。他の乗客については怪我はあったものの脱出した。
 
表面に氷の張った圧雪状態の滑走路、飛行場管理者の除雪努力不足、管制官が路面状況を当該機によく伝えていなかったこと、および着陸に際して速度制御に問題のある[[自動スロットル]]装置を使用したことで接地点が奥へ伸びてしまった結果をもたらした機長の判断などが複合して起こった。
* したがって、そもそもの原因は滑走路面の状態ではなく、[[パイロットエラー]]ではないか。
 
* 当該機の接地地点は1982年(第1回目)報告書にあるディスプレイス・スレッシュホールドの奥側2,500フィートではなく3,600フィートではないか。
 
=== 第2回目報告書 ===
この再検討の結果、請願内容が部分的に認められ、第1回目報告書は1985年7月に改定され、パイロットの責任の比重がやや重いものとなった;
 
* 接地点はディスプレイス・スレッシュホールドの奥側2,800フィートだった。
 
* 自動スロットル装置を使用した状態で着陸(アプローチからフレア、接地まで)を行ったが、この自動スロットル装置には不具合があり、設定した規定速度をおよそ10[[ノット]]超過していた。このため滑走路端における高度は正常だったにもかかわらず接地点が奥へ延びてしまった。そして、パイロットは自動スロットル装置が不調であることを、直前の寄港地であるニューアーク空港へのアプローチ時に気付いていた。
* 接地後速やかに[[スラストリバーサ]]出力を最大にすべきところを、当該機 DFDR の記録では接地後の機首振れといった制動開始を遅らせる特段の要因がないのに、およそ14ないし17秒後になってようやく最大出力となっていた。また、操縦席ペダルによるブレーキ操作も、ブレーキ圧が最大となったのは主脚接地後19秒経過してからだった。当該機着陸の7分前に同滑走路に着陸成功した同型 (DC-10) 機の記録では、それぞれ9秒(スラストリバーサ)、4ないし5秒(ブレーキ)だった。事故機では、漫然と通常のドライ路面でのそれと同じ制動操作を行っていたと考えられる。
 
仮に規定通りの対気速度でディスプレイス・スレッシュホールドの奥2,500フィートに接地し、直前に着陸したNW42便と同等の制動操作を行っていたなら、事故機も滑走路端の直前で停止できていたであろうと結論付けている。
 
== 関連項目 ==