「木谷道場」の版間の差分

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木谷が亡くなった後も「土曜木谷会」は妻・美春によって続けられ16年間行われた。ここに通った子どもたちの中から[[大矢浩一]](現九段)、[[吉原由香里|梅沢由香里]]、[[武宮陽光]]、[[桑原陽子]]らを輩出した<ref name=":3" />。
 
美春が亡くなったあとは、娘[[小林禮子]]が「仁風会」(じんぷうかい)と名称を変えて継続した。仁風会では「鳳雛戦」という若手棋士と院生によるトーナメントが企画された。また一般公開されファンの拡大を図った。この棋戦では[[張栩]]や[[河野臨]]らが優勝しその後も活躍している<ref name=":3" />。
 
土曜木谷会の弟子たちは禮子と結婚した[[小林光一]]があとを引き継ぐことになった。さらに「小林研究会」を始め弟子以外にも門戸を開いた。当時小林はまだ26歳と現役バリバリで自身の対局と弟子の育成の両立はかなり過酷だった<ref name=":3" />。
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