「杉本栄一」の版間の差分

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日本の[[経済学]]における[[計量経済学]]の導入に力を入れると同時に、[[恐慌|恐慌論]]の分野でも活躍した。「ワルラス的均衡論に対するケンブリッジ学派の意味付与、計量経済学の独自性の評価等々は、マルクス経済学の再検討とともに古典的意義を持つ。」(「近代経済学の解明(下)」より)との評価もあり、近代経済学とマルクス経済学の橋渡しを考えていたと言えるだろう。
 
指導学生に[[伊東光晴]]([[京都大学]]名誉教授)<ref>[https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/da/bitstream/123456789/8057/1/HIT0501200101.pdf 「「戦争末期から戦後初期の東京商科大学」」]第 9 回福田徳三研究会 </ref>や[[浅野栄一]]([[中央大学]]名誉教授)、[[種瀬茂]](第10代一橋大学学長)、[[宮川公男]](一橋大学名誉教授)<ref>[http://jfn.josuikai.net/nendokai/dec-club/sinronbun/2005_Mokuji/Kyoumonsousyo/dai53gou/Syakaikougaku.htm 「一橋と社会工学  一橋大学商学部教授 宮川 公男」][[如水会]]</ref>、[[宮崎義一]](京都大学名誉教授、元[[日本学士院会員]])<ref>[http://www.danube4seasons.com/search/essay/00_d4s_2014-21_2.html]</ref>、[[真実一男]]([[大阪市立大学]]名誉教授)、[[玉井龍象]]([[金沢大学]]名誉教授)<ref name="tamai">[https://kanazawa-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=3078&file_id=26&file_no=1 「経済学と人生(玉井龍象先生を囲んでの研究会) (玉井龍象教授退官記念号)」]</ref>など。[[近藤鉄雄]](大蔵官僚、元[[労働大臣]])<ref name="tamai"/>なども杉本ゼミナール出身。
 
== 略歴 ==
* [[1925年]] - 東京商科大学(一橋大学の前身)[[卒業]]。
* [[1929年]] - 東京商科大学専門部助教授、命によりヨーロッパに留学。
* [[1932年]] - 留学より帰国、東京商科大学専門部教授。
* [[1937年]] - 東京商科大学講師。
* [[1939年]] - 東京商科大学教授。
* [[1943年]] - 同大教授・[[赤松要]]を班長とする[[南方占領地調査]]団に参加。
* [[1948年]] - [[日本学術会議]]会員。
* [[1952年]] - 叙[[正四位]]、叙[[勲三等]]授[[瑞宝章]]。
 
== 著作 ==
=== 単著 ===
* 『米穀需要法則の研究』(日本学術振興会、1935年)
* 『理論経済学の基本問題』(日本評論社、1939年)
* 『統制経済の原理』(日本評論社、1943年)
* 『近代経済学の基本的性格』(日本評論社、1949年)
* 『近代経済学の解明』(上・中)(理論社、1950年、後に岩波文庫、1981年)
* 『経済学を学ぶ・何をいかに学ぶべきか』(理論社、1952年)
* 『近代経済学史』(岩波書店、1953年)
 
=== 共著 ===
* ([[武谷三男]]・[[久保亮五]]・[[高島善哉]]・[[都留重人]])『共同研究・自然科学と社会科学との現代的交流』(理論社、1949年)
 
=== 編著 ===
*『恐慌』(河出書房、1952年)
*『マーシャル経済学選集』(日本評論社、1940年)
 
<!-- == 門下生 ==
* [[伊東光晴]]
* [[浅野栄一]]
* [[種瀬茂]](元一橋大学学長)(裏が取れてないのでコメントアウト)-->
 
== 脚注 ==
匿名利用者