「ミス日本」の版間の差分

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→‎2010年代: 酒井美帆、フリーに。出典。
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**これまで、ミス日本は一般公募によって選出されてきたが、ミス日本の復活に尽力し、日本のダイエットの基礎を築いた、和田研究所創業者・[[和田静郎]](1922年-2006年)の業績をたたえ、静郎の考える「美しい女性たちに栄誉と実益を与えよう」という思いを込め、すでに顕著な活躍を見せており、かつ忙しい立場でなかなかコンテストに応募できない方に、コンテストの応募の有無にかかわらず、美と健康の素晴らしい素質を持つ女性がさらに活躍できることを応援したいという願いから、その将来性のあふれる女性に対してミス日本として表彰しようという著名人特別表彰である。審査は静郎とともにミス日本を支えた弟子4名と、コンテスト事務局による推薦合議制である。2017年現在、この推薦表彰を受けたのは畠山愛理の1名だけである<ref name="2015年特別顕彰">[http://www.sponichi.co.jp/miss_nippon/award15/wada/index.html 2015年和田静郎特別顕彰 畠山愛里](2015年1月26日 ミス日本コンテスト事務局公式サイト 即日閲覧)、[http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/01/26/kiji/K20150126009690930.html 「和田静郎特別顕彰」にフェアリージャパン・畠山愛理「嬉しさで胸いっぱい」](2015年1月26日 スポーツニッポン 即日閲覧)</ref>
* 過去にはミスエレガント、ミスヴィーナス、ミス日本「フォトジェニック」、ミス日本「[[空の日]]」、ミス日本「国際親善」、ミス日本「ミス水着」、ミス日本「ネイチャー」(2003-14)などの賞もあった
* その他、決勝大会の出場者にもミス日本の称号が与えられた時期もあった<ref name="たすきについて">実際、[[1990年代]]初めごろまでは、グランプリ決定大会に参加した方々全員はステージ登壇時に赤地・白の文字と縁取りの「ミス日本」と書かれた[[たすき]]を掛けてグランプリ決定大会に出席していた。現在は決定大会審査中はたすきを掛けていないが、各賞の受賞者が決定後、その受賞した賞が書かれたたすきを審査員から掛ける(したがって1990年代初めごろまでは「ミス日本」のタスキと、各賞のタスキの2枚をかけてもらっていた)。各賞受賞者のうち、グランプリを含めた多くの賞受賞者は赤地・白の文字と縁取り(右の写真)、「海の日」は白地・青の文字と縁取り、「水の天使」は白地・水色の文字と縁取り、「みどりの女神」は白地・緑の文字と縁取り、「空の日」は青地・白の文字と縁取りでそれぞれの賞のたすきが掛けられる(国外でのプロモーションである場合は先述の赤地・白い縁取りと文字で、[[ローマ字]]の[http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-14-6e/mitunkata/folder/684912/36/37953136/img_0 「MISS JAPAN」]など、その表敬先の国・地域の言語に沿ったタスキをつける場合もある)。ミス日本出席の公式行事においては受賞した賞のタスキを掛けて参列する(特別顕彰受賞者も含む)。なお2015年度特別顕彰を受賞した畠山は受賞タイトルが記載されていない、汎用のタスキ(「'15ミス日本」、後ろには「'15 MISS JAPAN」とのみ書かれている)が贈呈された([http://www.missnippon.jp/wp-content/themes/miss-nippon/images/award/miss07.jpg ミス日本公式サイト掲載写真]・[http://daily.c.yimg.jp/gossip/2015/01/26/Images/07690751.jpg デイリースポーツ掲載写真])この他、受賞者には公式行事に使用するティアラ、グランプリ受賞者には王冠とガウンに代わる高級打ち掛けが受賞記念品として贈られる。</ref>。
* 更に[[2003年]]([[平成]]15年)度から[[スポーツニッポン|スポーツニッポン新聞社]]のインターネットサイト「スポニチ・アネックス」の利用者を対象にした投票による「スポニチ特別賞」が制定され、受賞者である2003年度の相沢礼子、2004年度の嵯峨百合子と2007年度の萩美香、2013年度の鈴木恵梨佳はミス日本グランプリとの2冠を受賞した。