「トラトラトラ」の版間の差分

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[[聖徳太子]]が[[信貴山]]にて[[物部守屋]]討伐の戦勝祈願をした際に、[[寅]]の年、寅の月、寅の日、寅の刻に[[毘沙門天]]が聖徳太子の前に現れ、その加護によって物部氏に勝利したという伝説が『[[信貴山縁起]]』に伝わっている(あくまで伝説であって史実は[[未]]年で[[申]]の月である)。これにちなみ、日本の勝利を願って電文を「トラトラトラ」としたというもの{{要出典|date=2014年4月}}。
真珠湾攻撃を受けた側である[[アメリカ]]では、「タイガー・タイガー・タイガー」と訳して「[[トラ|タイガー]]のように襲いかかる」と解釈されることもあった<ref>{{Cite book |和書 |author=赤根祥道 |title=安岡正篤 泳ぎもせず、漕ぎもしないで一生を終わるな! |year=1995 |publisher=三笠書房 |pages=P.104 |id=ISBN 4-8379-1604-X}} </ref>{{要高次出典|date=2014年4月}}。
 
{{要出典範囲|一方、「トラ・トラ・トラ」という吶喊の打電を受けた日本軍の同胞は、江戸時代より端唄として親しまれてきた座敷遊び『[[和藤内]]』のサビの句として理解し、その唄の底本である人気の歌舞伎『[[国性爺合戦]]』を、[[大東亜共栄圏]]の成就に重ねたという|date=2014年4月}}。その端唄『[[和藤内]]』の歌詞は「千里あるよな藪の中をどなたも覗いてごろうじませ、金の鉢巻たすきで、[[和藤内]]がえんやらやっと捕らえし獣は、とらとらとらとら、とらとらとらとら」。