「磐光ホテル」の版間の差分

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磐光パラダイスのショーは、本来はパラダイス3階のホールで行われる予定であったが、当日は上述の通り屋根が一部壊れていたため、急遽ホテル1階の大広間(300畳)が使用された。[[アイヌ]]ショー、[[サル]]の曲芸が終わり、歌手小高林太郎<ref>[[1960年代]]の数年間活躍した歌手。[[1964年]]、「夕焼峠」(原由記作詞、[[小畑実 (歌手)|小畑実]]作曲)でデビュー。火災当時は同ホテルの芸能部に所属していた。</ref><ref>一部文献には小高ではなく[[小坂一也]]と書かれているものがあるが、これは誤り。</ref>によるステージが始まった。
 
その頃舞台裏では、続いて行われる[[金粉ショー]]の舞踊団「セブンスター」がショーの準備をしていた。舞踊師の1人がベンジンを浸した松明を石油ストーブのそばに無造作に置いたところ引火、舞踊師たちは慌ててショーでの消火方法と同じように口で吹き消そうとしたが却って火勢は拡大、舞台の[[緞帳]]に燃え移って一気に燃え広がった。火が大広間側から見えないように中幕を降ろして隠蔽(?)し、[[消火器]]などによる消火を始めたが、既にその段階では手をつけられない状態となっていた。異変に気づいた小高が火を発見し「火事だ!」と叫んだため大広間にいた客は[[パニック]]状態となり一斉に避難しようとしたが、[[非常口]]が施錠されていたうえ、ほどなくして全館停電となったため避難は困難を極めた。
 
当夜の宿泊客は、[[茨城県]][[日立市]]の[[パナソニック|松下電器]](現:パナソニック)系列の販売会社に招待された団体客169人および国鉄[[石巻線]][[佳景山駅]]と[[ジェイティービー|日本交通公社]]石巻営業所共催企画の団体客48人となっており、そのほか他ホテルからのショー見物客など78人をあわせ、火災発生時点で従業員以外の顧客が計295人存在していた。大部分の客は従業員の誘導により避難できたが、逃げ遅れた客はホテル南側1階階段下の売店付近や、パラダイスの非常口付近で固まって一部は黒焦げの焼死体となって発見された。また、相次ぐ停電のため[[火災報知器]]のスイッチが切られていたこともあり、客室で寝ていて気づかず死亡した者もいた。さらには、新建材が発する有毒ガスによって[[窒息死]]した者もいた。
 
[[郡山地方広域消防組合|郡山市消防署]]は第三出動指令を出し、郡山市内をはじめ隣接市町村の消防署から[[日本の消防車#はしご自動車各種|はしご車]]1台、ポンプ車12台、[[救急車]]2台を出動させたが、[[凍結路面|凍った道路]]や吹雪に妨げられて現場への到着に手間取り、その後も悪天候に加え、渇水期のためもあって水の出が悪く、消火は難航した。放水した水も吹雪に巻き上げられて目標に命中できなかったうえ、逆に凍って消防隊員のほうに降り掛かってくるなど悪条件が重なり、消防効果をほとんど得ることが出来ず、なすすべもなく燃えるに任せざるを得ない状態となった。建物はほぼ燃え尽き、一部は崩落するに至った。
 
翌日、松明を石油ストーブのそばに置いた29歳の舞踊師が'''重失火'''と'''重過失致死傷容疑'''で逮捕された。