「ミラノ勅令」の版間の差分

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{{出典の明記|date=2018年2月2日 (金) 23:18 (UTC)}}
{{For|フランス皇帝ナポレオン1世の勅令|ミラノ勅令 (1807年)}}
'''ミラノ勅令'''(ミラノちょくれい、{{lang-la|Edictum Mediolanense}})は、[[313年]]に[[ローマ皇帝一覧|ローマ皇帝]][[コンスタンティヌス1世]](当時は西方[[アウグストゥス (称号)|正帝]])と[[リキニウス]](同・東方正帝)が連名で発布したとされる[[勅令]]である<ref>{{Cite news|title=52.ミラノ勅令とは?|url=http://opusdei.org/ja-jp/article/iesu-shitsumon-52/|accessdate=2018-05-28|language=ja}}</ref>。一般に、全帝国市民の信教の自由を保障した内容とされるが、この勅令の実在そのものや、真の起草者について疑問視する研究者もいる。
 
== 勅令の文書 ==
* [[ユリアヌス]]
* [[コンスタンティヌスの寄進状]]
 
== 外部リンク ==
 
* [http://opusdei.org/ja-jp/article/iesu-shitsumon-52/ ミラノ勅令とは?]
 
== 参考文献 ==
 
* 古山正人ら編『西洋古代史料集』東京大学出版会、1987年、ISBN 4130220098
* A. FRASCHETTI, ''La conversione. Da Roma pagana a Roma cristiana'', Laterza, Bari 1999
 
== 脚注 ==
{{DEFAULTSORT:みらのちよくれい}}
[[Category:歴史上の法令]]
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