「大関」の版間の差分

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なお、かつて大関の地位を務めた力士が関脇以下へ陥落した力士てからは、幕内から十両の地位への転落が必至になったことを機に慣例的に引退するケースがほとんであるだった。だ昭和時代に[[大受久晃|大受]]が唯一で、平成時代以降は雅山・把瑠都・照ノ富士の3人と、合計4の元大関が現役中に十両陥落を経験している。
 
*大受は陥落直後の1977年5月場所(西十両筆頭)で幕内復帰を目指したが、初日から3連敗(4敗目は不戦敗)を喫して途中休場、その後同5月場所中[[年寄名跡]]を取得したのを理由に現役引退を表明。
*雅山は大関経験者では史上初となる2度の十両陥落を喫した。雅山の1度目転落時の2010年9月場所(東十両2枚目)は、前7月場所(西前頭5枚目)に「[[大相撲野球賭博問題]]」の処分で同場所全休処分を下された結果だったが、12勝3敗の好成績を挙げ一場所で翌9月場所に幕内復帰を果たす。2度目転落時の2013年3月場所(東十両9枚目)は、前1月場所で幕尻(東前頭16枚目)の地位で3勝12敗と大敗したが、これは明らかな体力の衰えからだった。十両に下がった3月場所は又しても3勝12敗の大敗を喫して幕下陥落が濃厚となり、引退した<ref>[http://www.zakzak.co.jp/sports/etc_sports/news/20130120/spo1301200713001-n1.htm 生き残りかける名2力士 幕内最下位・雅山と十両尻・高見盛]</ref>。
*把瑠都は2013年9月場所(東十両3枚目)の番付発表後、左膝など怪我が完治しないことを理由に、同9月場所初日直前に引退を発表した。
*照ノ富士は2018年3月場所、西十両5枚目となった当場所は6勝9敗と負け越し。東十両8枚目で迎えた翌5月場所は勝ち星ゼロ(0勝9敗6休<ref>照ノ富士の2018年5月場所は左膝の怪我により4日目から途中休場、11日目から再出場。</ref>)に終わり、幕下転落が決定的と成ってしまう。だが同場所の千秋楽後、本人・師匠揃って引退を否定、幕下の地位でも現役続行する事を示唆。もし次の7月場所で元大関・照ノ富士が幕下で相撲を取れば、1925年に日本相撲協会が発足して以降、史上初のケースとなる。
*照ノ富士は2018年1月場所、東前頭10枚目で白星なし(8敗7休)に終わり、翌3月場所は西十両5枚目に陥落した。
 
== 引退後 ==
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