「泛藍連盟」の版間の差分

[[中国国民党|国民党]]、[[親民党]]、[[新党]]は、いずれもかつては国民党としてまとまった勢力であった。だが、1990年代に[[李登輝]][[中華民国総統|総統]]兼国民党主席が中華民国の国家体制を台湾のみに限定する「政治体制の台湾化」を行なうようになってからそれぞれに分裂するようになった。まず[[1993年]]には、'''[[外省人]]の若手二世議員'''らが「国民党が権力闘争に明け暮れている」ことと李登輝の政策について批判を行い、「正統国民党」と称する'''新党'''を結成した。次に、李登輝の「国家体制の台湾化」によって李登輝と'''宋楚瑜'''との間に対立が生じ、宋楚瑜とその一派は[[2000年]]に離党して同年の、[[台湾総統選挙 (2000年)|総統選挙]]に宋楚瑜が立候補した。総統選で宋は、李登輝の「台湾化」路線を支持する[[民主進歩党]]([[泛緑連盟]])の[[陳水扁]]、当選後の路線方針が不明確な国民党の'''連戦'''に対抗して李登輝の「台湾化」路線に対する反対意見を訴え、得票数で当選した陳水扁に僅差にまで迫るほどの支持を得た。その後、宋は支持者と共に'''親民党'''を結党するが、選挙後に李登輝が選挙結果の責任をとる為に国民党を離脱すると、国民党の連戦・新主席が李登輝の「台湾化」路線を修正して「中国の国家」としての中華民国を再び志すようになった為、国民党、親民党、新党は急速に親密化して党外協力をしあうようになった。
 
現在の国民党、親民党、新党はそれぞれ親密な協力関係下にあり、現時点で連盟は立法院(日本の国会に相当)における議席を対立する[[泛緑連盟]]より多く獲得している状況(2004年10月時点)にある他、連盟の主張は泛緑連盟の主張と国論を二分する程の支持を得ている。ただし、[[台湾総統選挙 (2004年)|2004年の総統選挙]]では、国民党・親民党の両党主(連戦と宋楚瑜)を総統・副総統候補に立てたにもかかわらず僅差で民進党の[[陳水扁]]総統候補に敗れており、連盟に対する台湾住民の支持が伸び悩んでいる状況にある。そのため、連盟3党は勢力の再拡大を目的として再び国民党として統合しようという動きを見せているが、各党でさまざまな意見が生じているので統合の動きは活発化していない。連盟にとっての当面の焦点は、20052007年実施予定の立法院選挙においてどれだけの議席を確保できるかにあるが、選挙結果よっては国民党内部にいる泛緑連盟の主張に同情的な党員が離党する可能性もあり、今後の連盟の情勢は不透明である。
 
== 関連リンク ==
匿名利用者