「京都朝鮮学校公園占用抗議事件」の版間の差分

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[[2009年]]5月頃から、京都市に対し複数の近隣住民から朝鮮学校の公園の使用に関するもの、住民の公園使用の際に朝鮮学校側と言い争いになったなどの苦情が寄せられ始め、これに対し市担当者は、朝鮮学校に対しサッカーゴールや朝礼台などを撤去するよう指導。校長はこれまでの経緯からこれまで通りの本件学校による公園使用を黙認することを求めすぐには撤去に応じなかったが、最終的に[[2010年]]1月末までに撤去を約束した<ref name="kyotochisai">[http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/675/083675_hanrei.pdf 京都地裁判決] 京都地裁 平成25年10月7日</ref>。
 
その後、朝鮮学校は2009年8月8日に京都市から許可を得ることなく本件公園で祭りを行い、その際の喧騒や違法駐車、火気を使用したことについて、さらに、近隣住民から京都市に苦情が寄せられた。市担当者は、朝鮮学校に対し今後は公園の使用許可を得る、火気を使わないよう指導。しかし、朝鮮学校は、同年10月4日にも市から許可を得ることなく公園で運動会を行い、これに対しても違法駐車や放送の音量、また酒類の販売や飲酒がされていたことについて近隣住民から苦情が寄せられた。市担当者は、その後、同年11月にも公園で朝鮮学校のための資金調達のための即売会を予定していることを知り、朝鮮学校に対し、近隣住民の理解が得られるような本件公園の使用にとどめるよう指導した。そこで、上記即売会では、父兄の会により、交通整理が行われ、また、公園内での飲酒、喫煙、火気使用をしないよう呼びかけも行われた<ref name="kyotochisai"/>。
 
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A・Bらは[[2009年]]([[平成]]21年)秋頃、現場の下見を兼ねて管理事務所を訪問し、管理事務所から翌年[[1月]]の設置物撤去予定などについて説明を受けた{{Sfn|安田浩一|2012|p=111}}。また在特会は市役所側と数次にわたる面談を行い、「都市公園法が成立したのは昭和31年([[1956年]])で、その年のうちに施行されている。自治体との話し合いがなされたからと言って都市公園法やそれに基づく条例に違反するような取り決めは認められない。三者協議のその時点で不法な公園占用にあたる」とし、これが1963年から続く約50年間の公園不法占拠に相当すると判断した<ref>[http://www.zaitokukai.info/modules/wordpress/index.php?p=447 在日特権を許さない市民の会 - 呟き : 裁判の報告]、2014年12月11日閲覧</ref><ref name="地裁判決文"/>。
 
[[11月19日]]には[[動画共有サービス|動画投稿サイト]]「[[YouTube]]」に「京都朝鮮学校が児童公園を不法占拠」と題した動画を投稿し、その動画説明文の中で「[[12月]]○日に突撃します(笑)後期待ください!」(原文ママ)と述べ、12月中の直接抗議を予告した{{Sfn|安田浩一|2012|p=94}}<ref>{{Cite web |date=2009-11-19 |url=http://www.youtube.com/watch?v=R8lj_IMkIqg |title=京都朝鮮学校が児童公園を不法占拠【主権関西/在特会関西】 |accessdate=2013-04-28 }}</ref>。また[[11月20日]]から[[12月2日]]にかけて[[大阪府|大阪]]・[[京都府|京都]]で6回街宣活動を行い、その際に「初級学校は[[勧進橋児童公園]]に無断でゴールポストや朝礼台を置いている」「12月の何日かは言わへんけど、徹底的に糾弾して、ゴールポストを初級学校に放り込む」などと具体的な抗議活動をにおわせる発言をした<ref name="osakakousai">< /ref>。
 
A・Bらは在特会と主権会、そしてBが代表を務める関西の[[右翼|右派系]][[市民活動|市民活動家]]の集まりである[[チーム関西]]のメンバーらに抗議活動への参加を促すため、街宣後の懇親会等で抗議計画について意思疎通を図ったほか、閲覧制限がかけられた[[mixi]]内のBの日記上に抗議計画の詳細を掲載した<ref name="osakakousai">< /ref>。
 
== 事件当日 ==
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== 事件後の動き ==
=== 初級学校側 ===
[[京都朝鮮第一初級学校|初級学校]]側は[[2009年]]([[平成]]21年)[[12月22日]]までに街宣参加者数人を[[信用毀損罪・業務妨害罪#業務妨害罪|威力業務妨害]]などの容疑で[[告訴・告発|刑事告訴]]した<ref name="kyoudou091222">< /ref>。また翌[[2010年]](平成22年)になっても[[在日特権を許さない市民の会|在特会]]などの主催する抗議活動が相次いだため、初級学校周辺で同校への誹謗中傷を含む街宣を行うことを禁止する[[仮処分]]を[[京都地方裁判所|京都地裁]]に申し立て、[[3月24日]]付で仮処分が認められた<ref>{{cite news |title=朝鮮学校周辺の街宣禁止 京都地裁 仮処分を決定 |url=http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P20100324000209&genre=D1&area=K00 |newspaper=[[京都新聞]] |date=2010-03-24 |accessdate=2013-04-28 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20100327195445/http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P20100324000209&genre=D1&area=K00 |archivedate=2010年3月27日 |deadlinkdate=2017年9月 }}</ref>。しかし仮処分後も同様の活動が続いたため、京都地裁に[[間接強制]]の申し立てを行い、[[5月19日]]付で仮処分決定違反時に100万円の制裁金を支払わせる旨の決定が下された<ref>{{cite news |title=朝鮮学校への街宣「地裁決定違反は100万円」 |url=http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100522-OYT1T00285.htm |newspaper=[[読売新聞]] |date=2010-05-22 |accessdate=2013-04-28 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20100525072221/http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100522-OYT1T00285.htm |archivedate=2010年5月25日 |deadlinkdate=2017年9月 }}</ref>。
 
[[3月28日]]には[[大学]][[教授]]や[[弁護士]]らの呼びかけで本事件に抗議する集会が開かれ、主催者発表によると900人が参加した。集会後、[[京都市]][[東山区]]の[[円山公園 (京都府)|円山公園]]から[[京都市役所]]まで[[デモ活動|デモ行進]]が行われたが、その際に後述する在特会側のデモと接触し、トラブルが生じた<ref>{{cite news |title=抗議集会に900人 円山からデモ行進 京都朝鮮初級学校に差別発言 |url=http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P20100328000121&genre=C4&area=K00 |newspaper=京都新聞 |date=2010-03-28 |accessdate=2013-04-28 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20100329204359/http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P20100328000121&genre=C4&area=K00 |archivedate=2010年3月29日 |deadlinkdate=2017年9月 }}</ref>。
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と判断し、侮辱罪・威力業務妨害罪・器物損壊罪の成立を認めた。また徳島の事件についてもA・B・Cを有罪とした。
 
その上で、犯行態様が悪質であるにもかかわらず被告人らには反省の様子が見られないと指摘しつつも、4名とも見るべき[[前科]]がなく今後は活動手法を改める旨述べているという事情も認められるとして、[[2011年]]([[平成]]23年)[[4月21日]]、Aを[[懲役]]2年・[[執行猶予]]4年、B・Cを懲役1年6月・執行猶予4年、Dを懲役1年・執行猶予4年とする[[判決  (日本法)|判決]]を言い渡した<ref name="kyotochisai">< /ref>。
 
A・B・Cは[[控訴]]せず有罪判決が確定したが、Dは「自身の言動は侮辱罪などを構成するほどのものではなく、A・B・Cによって罪にあたる言動がなされることは認識していなかった」などの理由を挙げて無罪を主張し、[[大阪高等裁判所|大阪高裁]]に控訴した。しかし大阪高裁は同年[[10月28日]]、Dが以前からAと共同で街宣活動を行っていたことから、DはAが日常的に用いていた侮蔑語を発したり実力行使に及んだりすることを予め認識した上で当事件に臨んでいたと認定し、[[共犯]]としての罪責を免れないとしてDの控訴を[[棄却]]した<ref name="osakakousai">< /ref>。Dはさらに[[上告]]したが、[[最高裁判所 (日本)|最高裁]]は[[2012年]](平成24年)[[2月23日]]付で上告を棄却する決定を下し、これによりDの有罪判決も確定した<ref>[[最高裁判所 (日本)|最高裁判所]]第一小法廷平成23年(あ)第2009号 [[2012年|平成24年]][[2月23日]]決定</ref>。
 
==== 初級学校側 ====
一方、[[在日特権を許さない市民の会|在特会]]の[[告訴・告発|告発]]などにより、[[京都朝鮮第一初級学校|初級学校]]に対する[[都市公園法]]違反容疑での[[捜査]]も進められた。[[2010年]]([[平成]]22年)[[8月27日]]には初級学校の前[[校長]]が、[[京都市]]が管理する公園を無許可で占用したとして、京都区検察庁により同法違反の容疑で[[書類送検]]された<ref name="kyoudou0827">< /ref><ref name="地裁判決文"/>。前校長は[[9月1日]]に[[略式手続|略式起訴]]され<ref name="sankei0901">< /ref>、[[9月9日]]付で[[京都簡易裁判所|京都簡裁]]から[[罰金]]10万円の略式命令を受けた<ref name="地裁判決文"/><ref>{{cite news |title=都市公園法違反:朝鮮学校前校長に簡裁が罰金10万円 /京都 |url=http://mainichi.jp/area/kyoto/news/20100916ddlk26040527000c.html |newspaper=毎日新聞 |date=2010-09-16 |accessdate=2013-04-28 |archiveurl=http://megalodon.jp/2010-0918-2206-17/mainichi.jp/area/kyoto/news/20100916ddlk26040527000c.html |archivedate=2010-09-18 }}</ref>。
 
=== 民事訴訟 ===
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原告側は[[京都弁護士会]]の[[弁護士]]を中心とする98名の弁護団を組み{{Sfn|安田浩一|2012|p=108}}、被告側は[[大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判]]で旧軍人・遺族側の代理人を務め、「[[正論 (雑誌)|正論]]」に寄稿するなど[[右翼|右派]]系言論人としても活動している[[徳永信一]]弁護士を代理人に立てた。
 
1審の京都地裁は[[2013年]](平成25年)[[10月7日]]、原告の主張を認め、街宣禁止(移転後の所在地を中心とした半径200メートル以内も含めて)と1226万円3140円(一度目が554万7710円、二度目が341万5430円、三度目が330万円)の賠償([[仮執行宣言]]付き)を在特会・主権会のメンバー8人(西村修平など、ただし両方に属していない者もいる)に命令<ref name="地裁判決文">[http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/675/083675_hanrei.pdf 街頭宣伝差止め等請求事件 地裁判決文]、2013年10月7日</ref><ref>[http://www.47news.jp/CN/201310/CN2013100701001598.html 街宣禁止と賠償命じる、京都地裁 朝鮮学校周辺] 共同通信2013年10月7日</ref><ref>[http://www.asahi.com/national/update/1007/OSK201310070002.html ヘイトスピーチ」は人種差別 地裁が在特会に禁止命令] 朝日新聞2013年10月7日</ref>。判決文の中では、裁判所が同条約の直接の名宛人として国際法上の義務を負う、との解釈を示した<ref name="地裁判決文"/>。また、賠償金の算定根拠としては、無形損害の評価にあたって[[日本国政府]]が[[留保]]している人種差別撤廃条約第4条のa,bも適用され、それをもとに高額の賠償金を算定した<ref name="地裁判決文"/>。被告側は21日、判決を不服として控訴した<ref>{{Cite news | url = http://www.47news.jp/localnews/kyoto/2013/10/post_20131021145047.html | title = ヘイトスピーチ訴訟、在特会が控訴 | newspaper = [[京都新聞]] | publisher = [[47NEWS]] | date = 2013-10-21 | accessdate = 2014-07-09 }}</ref>。
 
[[2014年]][[7月8日]]、[[大阪高等裁判所|大阪高裁]]は1審判決を支持し、被告側の控訴を棄却<ref>{{Cite news | url = http://www.47news.jp/CN/201407/CN2014070801001188.html | title = ヘイトスピーチ、二審も賠償命令 大阪高裁 | agency = [[共同通信社]] | publisher = [[47NEWS]] | date = 2014-07-08 | accessdate = 2014-07-09 }}</ref><ref name="mainichi20140708">{{Cite news | url = http://mainichi.jp/select/news/20140708k0000e040206000c.html | title = ヘイトスピーチ:大阪高裁「違法」在特会側の控訴棄却 (1/2) | work = [[毎日jp]] | publisher = [[毎日新聞]] | date = 2014-07-08 | accessdate = 2014-07-09 }}</ref>。高裁判決文の中では、地裁判決の人種差別撤廃条約の直接適用を否定し、[[間接適用説]]から判決理由が出された<ref name="控訴審 判決文">[http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/7e81a3afc7dce2827aeda19a7be2553e 控訴審判決文 他  7月8日大阪高裁]</ref>。また、判決では「民法に基づき、具体的な損害が発生して初めて賠償を科すことが可能」であり、現行法ではヘイトスピーチにおける損害賠償及び街宣差し止めは具体的な被害者及び具体的な損害を立証することが必要とし、人種差別撤廃条約第4条を理由とした高額の賠償金支払いを命じた京都地裁の論拠を否定したものの、京都地裁が決定した賠償金額はそのまま追認した<ref name="控訴審 判決文"/>。
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=== 抗議者側 ===
[[在日特権を許さない市民の会|在特会]]など抗議者側の多くは現在も当事件を全面的に正当化する姿勢を崩しておらず、当事件を「日本を守るための正義の戦い」、[[逮捕]]された参加者を「勇士」と呼んで賞賛している{{Sfn|安田浩一|2012|p=101}}。在特会筆頭副会長の[[八木康洋]]は、「在特会は彼等がこれ以上罪を重ねないようにしてあげたのだから、逆に感謝してもらいたいくらい」「裁判では朝鮮学校の支援者達が大量に傍聴に来て、100人近い弁護士が代理人となっているが、誰一人として朝鮮学校の違法行為を(教職員ら)に教えてやらなかったのが不思議」と主張する<ref>[http://www.zaitokukai.info/modules/wordpress/index.php?p=447 在日特権を許さない市民の会 - 呟き : 裁判の報告]、2014年9月4日閲覧。</ref>。また、同会会員の[[瀬戸弘幸]]は「歴史的な快挙であり、歴史的な偉業でもある。しかし、この偉業を達成するには関西地方における愛国者の勇敢なる戦いがあった。大きな犠牲を払って勝ち取った成果」と自身のブログに書き綴っている<ref>[http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52845823.html 京都・朝鮮学校を廃校に追い込んだ愛国運動(1)]、2014年9月4日閲覧。</ref>。
 
事件からちょうど1年目にあたる[[2010年]]([[平成]]22年)[[12月4日]]には在特会の[[東京都|東京]]・[[京都府|京都]]・[[北海道]]・[[宮城県|宮城]]4支部が「勧進橋児童公園奪還一周年記念」などと題した[[デモ活動|デモ]]を行い<ref>{{Cite web |date=2010-12-04 |url=http://www.zaitokukai.info/modules/piCal/index.php?smode=Daily&caldate=2010-12-4 |title=在日特権を許さない市民の会 - カレンダー(2010年12月4日) |publisher=在日特権を許さない市民の会 |accessdate=2013-04-28 }}</ref>、翌[[2011年]](平成23年)12月4日には[[チーム関西]]のメンバーらが[[京都市]]内で「勧進橋児童公園奪還二周年」を記念するパーティーを開催した<ref>{{Cite web |date=2011-12-04 |url=http://team-kansai.sakura.ne.jp/scheduler/scheduler.cgi?mode=view&no=258 |title=12.4 勧進橋児童公園奪還2周年記念行事開催決定!! |publisher=[[チーム関西]] |accessdate=2013-04-28 }}</ref>。2014年12月7日には在特会による京都市内[[八坂神社]]からのデモ行進が行われた<ref>[http://newsonjapan.com/html/newsdesk/article/110618.php Anti-Korean 'hate speech' rallies continue in Kyoto. ''ASAHI'' Dec.11](written in English)</ref>。