「オリバー・カーン」の版間の差分

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16歳の時にはクラブチームの加入試験にことごとく落ちる。[[カールスルーエSC|カールスルーエ]]に加入するまでは筋力トレーニングなど雌伏の時期を過ごした。カールスルーエでは数年かかって正GKの座を確保した。
 
[[サッカー・ブンデスリーガ (ドイツ)|ブンデスリーガ]]や[[UEFAカップ]]での活躍が認められ、1994年、名門[[FCバイエルン・ミュンヘン|バイエルン・ミュンヘン]]へ移籍。初年度は味方[[ディフェンダー (サッカー)|ディフェンダー]]の[[サミュエル・オセイ・クフォー|クフォー]]と衝突し膝の十字靱帯を切断したためシーズンを棒に振たが、翌年からは活躍を見せた。コンスタントにレベルの高いパフォーマンスを見せ、バイエルン・ミュンヘンのGKコーチ、ゼップ・マイヤーの下でワールドクラスのGKに成長した。
 
1998-99シーズンの[[UEFAチャンピオンズリーグ]]決勝は{{要出典範囲|大会史上に残る名勝負となったが|date=2017-04}}、終了直前の3分間に2失点を喫し、[[マンチェスター・ユナイテッドFC|マンチェスター・ユナイテッド]]に敗れた。1999-00シーズン以降、4年連続で欧州最優秀ゴールキーパーに選出されている。またドイツサッカー雑誌「[[キッカー (新聞)|キッカー]]」の選手ランキングでも幾度も「ワールドクラス」の評価を得ており、1999年から2003年頃までドイツの各テレビや雑誌では世界ナンバーワンGKと紹介された。