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1974年に酒井七段に入門。1976年初段。1982年、留園杯争奪戦(非公式戦)優勝。1983年、六段21歳で[[天元戦]]挑戦者決定戦に進出、[[淡路修三]]と対戦するが、36手目の見損じにより43手投了で敗れる。
 
1992年九段。1996年に本因坊リーグ入りし、4期残留。1998年に[[十段 (囲碁)|十段]]戦で、敗者戦トーナメントを勝ち進み、挑戦者決定戦で[[趙治勲]]を破りタイトル初挑戦。挑戦手合5番勝負で[[加藤正夫]]に3-2で勝利し、中部総本部では[[羽根泰正]]以来の'''タイトル獲得'''となった。翌年は[[小林光一]]に0-3で敗れる。世界囲碁選手権富士通杯では[[チョ薫鉉|曺薫鉉]]らを破るが、準決勝で[[李昌鎬]](この時の対局では、後に流行する、星へのコゲイマかかり・コゲイマうけに対する、ツケの新手を放っている)、3位決定戦で[[劉昌赫]]に敗れ4位。[[賞金ランキング (囲碁)|賞金ランキング]]で自己初のトップ10入り(7位)。
 
1999年に棋聖戦挑戦者決定戦に進出するが、[[王立誠]]に0-2で敗れる。同年の本因坊戦リーグでは5勝2敗の成績でプレーオフ進出するが、[[趙善津]]に敗れた。賞金ランキングで2年連続の7位。