「ニュー・ウェイヴ (音楽)」の版間の差分

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(New Wave is dead. THE END)
(出典を追加、他)
== 概要 ==
{{出典の明記|date=2018年6月|section=1}}
[[パンク・ロック|パンク]]・ムーブメントによって音楽環境が一変した[[イギリス]]において、[[ポストパンク]]や[[ディスコ]]、[[現代音楽]]や[[電子音楽]]といったさまざまな影響によって成立した<ref>{{Cite web |date=2018-06-23 |url=https://www.udiscovermusic.jp/features/a-brand-new-wave |title=パンク死滅後、ニュー・ウェイヴで活躍した4組のアーティスト |website=uDiscoverMusicJP |publisher=[[ユニバーサルミュージック (日本)|ユニバーサル ミュージック]] |accessdate=2018-07-01 }}</ref><ref>{{Cite web |url=http://mora.jp/special/contemporary |title=特集・現代音楽の子供たち |website=音楽ダウンロード・音楽配信サイト [[mora]] ‐ [[ウォークマン|WALKMAN®]]公式ミュージックストア ‐ |publisher=[[レーベルゲート]] |accessdate=2018-07-01 }}</ref>ただし「新しい波」のようなもの全てという意味ではなく、ある特定の時期に限られる<ref name="susume_jo" />
 
== 歴史 ==
=== 前期 ===
1970年代半ば、それまで自由で勢いがあった黄金期の[[ハードロック]]、[[プログレッシヴ・ロック]]などは徐々に停滞状況を迎えた。社会的には1973年に起きた[[オイルショック|石油ショック]]などにより、世界的な不況におおわれていた。そうした閉塞感の中で、[[アンダーグラウンド (文化)|アンダーグラウンド]]な活動だった[[ニューヨーク・パンク]]の少し後、1976年頃に勃興したのが[[セックス・ピストルズ]]、[[ダムド]]、[[ザ・クラッシュ]]などによる[[パンク・ロック|ロンドン・パンク]]<ref>http://www.inmusicwetrust.com/articles/08f04.html</ref>である。パンクスの若者たちは、[[ザ・フー]]、[[ストゥージズ]]らに在ったロック本来の初期衝動を復活させることに腐心した。が、[[ジョン・ライドン|ジョニー・ロットン]]は1978年に「ロックは死んだ」と宣言してピストルズを脱退し、[[パブリック・イメージ・リミテッド]]を結成した<ref>レイノルズ(2010, p. 22)</ref>。
 
'''New Wave'''という言葉は、1977年8月頃に英『[[:en:Melody Maker|Melody Maker]]』紙が、[[XTC (バンド)|XTC]]や[[スクィーズ]]<ref>{{Cite web |url=https://www.bbc.co.uk/music/artists/0509a681-a362-4800-9075-656041dccdbd |title=Squeeze - New Songs, Playlists & Latest News |website=BBC Music |publisher=[[BBC]] |accessdate=2018-06-03}}</ref><ref>{{Cite web |author=小熊俊哉 |date=2010-08-23 |url=http://cookiescene.jp/2010/08/squeezespot-the-differencexoxo.php |title=SQUEEZE『Spot the Difference』(Xoxo) |website=COOKIE SCENE |publisher=[[クッキーシーン]] |accessdate=2018-05-30}}</ref>などを紹介する記事の中ではじめて使ったという<ref>ピース(1989, p. 116)</ref>。
それ以前からも実績のある世代のうちで、同時期に変化を遂げた者たちは、相互に影響し合った。1973年に[[ロキシー・ミュージック]]を脱退した[[ブライアン・イーノ]]は翌年以降、ニューウェーヴの元祖的なソロ・アルバムを発表し、1977年には[[デヴィッド・ボウイ]]の『ロウ』などをプロデュースした。そのボウイは[[イギー・ポップ]]をプロデュースした<ref>レイノルズ(2010, p. 13)</ref>。
 
米国アメリカでは、[[ニューヨーク]]のクラブ[[CBGB]]やマクシズ・カンザス・シティにて、[[ブロンディ (バンド)|ブロンディ]]、[[トーキング・ヘッズ]]など、ニューウェーヴ・バンドの演奏が行われた<ref>{{Cite web |date=2010-07-04 |url=http://ragpath.blogspot.com/2010/07/maxs-kansas-city-1976-various-1977.html?m=1 |title=Max's Kansas City 1976 / Various (1977) |website=Music Is A Better Noise |publisher=Blogger |accessdate=2018-05-30}}</ref><ref>{{Cite web |date=2018-01-05 |url=https://www.udiscovermusic.jp/stories/blondie-in-20-songs |title=ブロンディの20曲:NYダウンタウンのサブカルチャーを反映してきた偉大なバンドの歴史 |website=uDiscoverMusic |publisher=ユニバーサル ミュージック |accessdate=2018-05-30}}</ref><ref>{{Cite web |url=https://www.beat-bomb.com/index.php/maxskansascity1-bk.html |title=Max's Kansas City(マックス・カンザス・シティ/マクシズ/マクシス) ロック クラブ グラム パンク Tシャツ ブラック #1 |website=Beat Bomb |publisher=バウンストレーディング |accessdate=2018-05-30}}</ref>。
 
1974年に英国北イギリス中部の工業都市にて結成された[[キャバレー・ヴォルテール (バンド)|キャバレー・ヴォルテール]]は実験的エレクトロニクス・ユニットの元祖的な存在だった。別の悪魔的な[[ノイズミュージック]]集団だった[[スロッビング・グリッスル]]らとともに、[[インダストリアル]]と呼ばれた<ref>佐久間(1999, p. 52‐57)</ref>。
 
イギリスのラジオDJ、[[ジョン・ピール]]は有望な新人を紹介し、アンダートーンズ、[[ザ・フォール]]などを紹介し、非常に熱心に応援していた<ref>{{Cite web |author= |date=2009-10-02 |url=http://www.cdjournal.com/i/news/the-undertones/26527 |title=70'sパンクのアンダートーンズ、初の来日公演が決定! |website=CDJournal ニュース |publisher=音楽出版社 |accessdate=2018-05-30}}</ref><ref>{{Cite web |date=2010-04-05 |url=http://tower.jp/item/2696915/Your-Future,-Our-Clutter |title=The Fall/Your Future, Our Clutter |website=TOWER RECORDS ONLINE |publisher=[[タワーレコード]] |accessdate=2018-05-30}}</ref>。
 
=== 後期 ===
1983年頃から人気を博した[[アダム・アンド・ジ・アンツ]]、[[デュラン・デュラン]]などは、当初はフューチャリスト、全盛期には[[ニューロマンティック|ニュー・ロマンティクス]]と呼ばれた<ref>{{Cite web |author=四方宏明 |date=2001-05-30 |url=https://allabout.co.jp/gm/gc/205548/all/ |title=ニューロマだった人達‐Part II Duran Duranリユニオン!(全文)[テクノポップ] |website=All About |publisher=オールアバウト |accessdate=2018-05-30}}</ref>。
また彼らを筆頭にイギリス勢が、いち早く取り入れた[[MTV]]文化などと相まってアメリカ進出を果たし、[[ブリティッシュ・インヴェイジョン#第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン|第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン]]としてメインストリームを賑わせた。
 
他方、パンクやニュー・ウェーヴの流れは既存の[[レコード会社|音楽産業]]に取り込まれることを拒むという要素もあったため、[[インディーズ]]と呼ばれる自主制作やマイナー・レーベルの活性化を促した<ref>[[宮入恭平]]、佐藤生実『ライブシーンよ、どこへいく』青弓社、2011年</ref>。
 
1980年代中期に登場した[[ザ・スミス]]や[[ジーザス&メリーチェイン]]などの世代についても、その功績や影響力に応じて、ニューウェーヴに含むとされる<ref>Amabile(2011, p. 2)</ref>。
 
=== 日本 ===
日本では、[[アンダーグラウンド (文化)|アンダーグラウンド]]のバンドたちが1978年頃から[[東京ロッカーズ]]として定期的にギグを始めていた<ref>{{Cite web |author=帆苅智之 |date=2017-05-17 |url=https://okmusic.jp/news/174660 |title=S-KENがN.Yで興ったムーブメントを東京でも創造した日本のニューウェイブの始祖『東京ロッカーズ』 |website=[[OKWAVE#OKMusic|OKMusic]] |publisher=JAPAN MUSIC NETWORK |accessdate=2018-05-30}}</ref>。当時の日本におけるニューウェイブの定義は、英国のパンク・ムーブメントの後に登場した、新しいスタイルのロック・ミュージックというもので、その定義は曖昧だった<ref name="susume_jo" />
 
当時の日本におけるニューウェイブの定義は、英国のパンク・ムーブメントの後に登場した、新しいスタイルのロック・ミュージックというもので、その定義は曖昧だった<ref name="susume_jo" /> 。
 
== 脚注 ==
 
== 参考文献 ==
* Amabile監修、熊谷朋哉・年吉聡太編『80's ROMANCE Music Disc Guide : Extended Version』カラーフィールド、2011年。ISBN978ISBN 978-4-902199-83-3
* {{仮リンク|レイノルズ,サイモン|en|Simon Reynolds}}著『ポストパンク・ジェネレーション 1978-1984』([[:en:Rip It Up and Start Again]])、[[野中モモ]]・新井崇嗣訳、[[シンコーミュージック・エンタテイメント]]、2010年(原著2005年)。ISBN 978-4401634040
* ピース・オブ・マウンテン編『ルーツ・オブ・パンク・ロック』シンコー・ミュージック、1989年。ISBN 4-401-61270-1
* [[ロッキンf|Rockin' f]] 特別編集/別冊『日本のロック SCENE '84』立東社、1984。
* [[南田勝也]]著『ロックミュージックの社会学』〈青弓社ライブラリー〉[[青弓社]]、2001年。ISBN 978-4-7872-3190-1
* [[小野島大]]監修『UKニュー・ウェイヴ』シンコー・ミュージック、2003年。ISBN 4-401-61800-9
* {{仮リンク|レイノルズ,サイモン|en|Simon Reynolds}}著『ポストパンク・ジェネレーション 1978-1984』([[:en:Rip It Up and Start Again]])、野中モモ・新井崇嗣訳、[[シンコーミュージック・エンタテイメント]]、2010年(原著2005年)。ISBN 978-4401634040
* [[桑原茂一]]著『よりぬきスネークマンショー「これ、なんですか?」』[[新潮社]]、2003年。ISBN 978-4104651016
 
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