「卑南郷」の版間の差分

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卑南郷は古くは卑南族の居住地であった。オランダ統治時代には「雄東部」と称され、オランダ人は「''Pimala''」と称していた。清代は漢人の進出が禁止された蕃地であり、「卑南八社」と称されていた。「卑南」の由来はプユマ語で「最高の尊称」を意味する「Puyuma」を意味し、この土地の頭目である''Pinara''を表している。
 
日本統治が開始されるとこの地に卑南庁が設置され、[[1886年]]に台東直隸州と改められた。その後「卑南庄」が設置され、台東庁台東郡の管轄とされた。戦後は台東県卑南郷と改められた。[[1974年]]、県政府所在地であった台東鎮が[[台東市]]に昇格する直前に、卑南郷の中心地域だった卑南、南王、富岡、岩湾、新園、建興、南栄、知本、豊田、建和10村が台東鎮に編入され、「卑南里」が台東鎮に帰属するようになった。<ref>{{Cite web|url=https://www.beinan.gov.tw/%E5%B9%B8%E8%A4%94%E5%8D%91%E5%8D%97%E6%B2%BF%E9%9D%A9/%E7%99%BC%E7%8F%BE%E5%8D%91%E5%8D%97/|title=發現卑南 – 卑南鄉公所全球資訊網|accessdate=2018-07-17|website=www.beinan.gov.tw|language=zh-TW}}</ref>
 
== 経済 ==