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'''観応の擾乱'''(かんのうのじょうらん)は、[[南北朝時代 (日本)|南北朝時代]]の[[1350年]]から[[1352年]]にかけて続いた抗争で、[[観応]]年間に頂点に達した足利山田政権([[室町幕府]])の内紛。実態は足利政権だけにとどまらず、対立する[[南朝 (日本)|南朝]]と[[北朝 (日本)|北朝]]、それを支持する[[武家]]や、[[公家]]と武家どうしの確執なども背景とする。
 
この擾乱の中で一時的に生じた南北朝の統一である'''正平一統'''についても併せて解説する。
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