「朝青龍明徳」の版間の差分

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== 取り口 ==
 
基本的には左四つからの寄り、上手投げが主体の取り口であったが、幕内の決まり手41手という技の多彩さから見ると、状況に応じて何でもこなす万能型の力士であったとも言える。業師として知られた同郷の[[旭鷲山]]同様、[[モンゴル相撲]]の技術を相撲によく取り入れており、それが多彩な決まり手へと繋がった。番付を駆け上がる若手時代からその闘争心溢れる取り組みで注目を集めており、[[関脇]]時代、平成14年初場所の[[栃東]]戦では張り手の連発で栃東の前歯を折り、流血で行事待ったがかかる事態となった。
また、同年の9月場所での休場明けの貴乃花との一番でも、横綱の顔を躊躇なく張り、諸差しから仕掛けにいく気迫を見せた。
横綱に昇進したばかりの頃は、相手を体ごと抱えあげるような[[吊り落とし]]を連発していたが、首や腰の痛みが常態化するにつれてそのような力任せの技は多用しなくなっていった。全盛期には、張り差し、かち上げも多用するようになり、反射神経と驚異的な身体能力を活かした相撲が光った。この身体能力は悪い体勢から向き直る、立ち合い変化をかわして向き直る、引きから投げに転じるなど、攻守両面に存分に発揮され、取り口の面白味を一段引き上げたと言える。
平成16年~平成18年の3年間は、朝青龍にとって最も充実した時期であり3年間18場所のうち実に15場所で優勝を果たしている。この時期を過ぎると、同じモンゴル出身の白鵬の台頭や、自身の不祥事、怪我の影響もあって精彩を欠く相撲が目立つようになった。体重も全盛期より増え、立ち合いの速度にも衰えが見られるようになってしまったが、ここぞと言う場面での集中力や闘争心は健在であり、平成21年には、白鵬に年間86勝を許しながら、決定戦に持ち込んだ初場所、秋場所は共に勝利して2場所を制している。
多くの力士には、自分の得意とする型があり、いかにして形を作るかに終始する力士が大半を占めるなかで、朝青龍は相手をよく見て形を変える柔軟さも持ち合わせており、衰退期にあってもこの冷静さは際立った。平成22年度初場所の大関3連戦等は、朝青龍の冷静さ、引き出しの多さをよく物語る。
 
== 人物・エピソード ==