「プトレマイオス15世」の版間の差分

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母クレオパトラ7世とエジプトを共同統治していた[[プトレマイオス14世]]が紀元前44年に死去すると、プトレマイオス15世となった。
 
紀元前30年のクレオパトラ7世の死後、[[アウグストゥス|オクタウィアヌス]]に捕らえられて殺害され、プトレマイオス朝は滅亡した。クレオパトラが[[マルクス・アントニウス]]ともうけていた[[クレオパトラ・セレネ]]など、子供たち3人は、アントニウスの前妻である[[小オクタウィア]]に預けられ、ローマでオクタウィアヌスの親戚として厚遇された。カエサリオンはオクタウィアヌスと同じく「カエサルの後継者である」可能性を持つため殺害されたのだと見られる。前述のように、現在ではカエサリオンがカエサルの実子であるかについては諸説あるが、殺害されたことから少なくともオクタウィアヌスなど当時の関係者は、カエサリオンカエサルの実子であると認識していたようである。
 
{{プトレマイオス朝ファラオ}}