「椎の木屋敷」の版間の差分

 
== 説明 ==
[[File:刈谷市椎の木屋敷1.jpg|thumb|left|17歳で家康を出産した於大の像]]
 
[[刈谷城]]本丸(現在の[[亀城公園 (刈谷市)|亀城公園]])から真東に500メートルほど、磧川(せきのかわ、現在は[[暗渠]])を超えたあたりは周辺より5メートルほど高くなっている。現在は[[刈谷市立亀城小学校]]と[[正覚寺 (刈谷市)|正覚寺]]に挟まれたこの高台にはかつて[[シイ]]の木が生い茂っていたことから椎の木藪とも呼ばれ、この付近一帯の土地を椎の木屋敷と呼ぶ。ここにはかつて文字通りの屋敷建築物も存在した。<ref name=cityofficial>[https://www.city.kariya.lg.jp/kankobunka/rekishibunka/rekishi/siinokiyashikiato.html 椎の木屋敷] 刈谷市</ref><ref name=cityofficialpdf>[https://www.city.kariya.lg.jp/kankobunka/rekishibunka/rekishi/siinokiyashikiato.files/siinoki.pdf 於大の方由緒の地 椎の木屋敷跡] 刈谷市</ref><ref name=kankokyokai>[http://www.kariya-guide.com/sightseeing/000003.html 於大の方由緒の地 椎の木屋敷跡] 刈谷市観光協会</ref>
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