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== 政治 ==
{{See also|ジンバブエの政党一覧|ジンバブエ議会}}
[[File:Robert Mugabe, 12th AU Summit, 090202-N-0506A-310.jpg|thumb|160px|第2代大統領[[ロバート・ムガベ]]]]
[[野党]]勢力への迫害が強く、野党の政治家、野党支持者への暴行・虐殺・拉致などが常態化しており、激しい対立が続いている。ムガベ大統領による[[独裁政治]]体制が長きに渡り続いた。
 
ローデシア共和国初代首相であった[[イアン・スミス]]は、政界復帰を狙っていると伝えられていたが、[[2007年]]11月20日に[[南アフリカ共和国]]・[[ケープタウン]]の自宅で[[心不全]]により88歳で死去した{{要検証|date=2018年7月}}
 
[[2008年]]3月29日より[[2008年ジンバブエ大統領選挙|大統領選挙]]が始まり、現職の[[与党]]ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線のムガベ大統領他、与党から造反したシンバ・マコニ元財務相と最大野党の民主変革運動(MDC)の[[モーガン・ツァンギライ]]議長が立候補していたが、ムガベ政権からの弾圧によりツァンギライ議長は出馬の取り止めを余儀なくされた。これにより、ムガベ大統領は欧米からの決選投票延期要請を無視し、投票を強行、勝利したと宣言した。[[7月11日]]、[[国際連合安全保障理事会]]にジンバブエ政府非難と、ムガベ大統領ら政権幹部の資産凍結・渡航禁止などの制裁決議案が提出された。しかし、[[中華人民共和国|中国]]と[[ロシア]]が内政問題であるとして[[拒否権]]を発動し、否決された。賛成9([[アメリカ合衆国|アメリカ]]、[[フランス]]、[[イギリス]]、[[イタリア]]、[[ベルギー]]、[[パナマ]]、[[クロアチア]]、[[コスタリカ]]、[[ブルキナファソ]])、反対5(中、露、[[南アフリカ共和国|南アフリカ]]、[[リビア]]、[[ベトナム]])、棄権1([[インドネシア]])だった。その後もライス米国務長官は、ムガベ政権の海外資産を凍結するなどの制裁措置を英国やアフリカの同盟国と協議する事を明らかにしている<ref>{{cite news|title = 米国務長官:ジンバブエ制裁 多国間で協議へ|newspaper = 毎日新聞|date = 2008-12-22|url = http://mainichi.jp/select/world/news/20081224k0000m030034000c.html}}</ref>。2009年2月11日、[[連立政権]]が樹立しMDCツァンギライ議長が首相に就任したため独裁体制に区切りがついた形だが、現地の英国[[大使館]]が地元紙に「ムガベ大統領が退陣しない限り意味がない」という広告を出すなど、懐疑論も強く残った<ref>{{cite news|title = ジンバブエ、野党議長が首相に就任|newspaper = 産経新聞|date = 2009-02-11|url = http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/090211/mds0902111906002-n1.htm}}</ref>。
{{See also|ジンバブエの政党一覧}}
 
ムガベの後継をめぐって[[グレース・ムガベ]]夫人と、軍の支持を得る[[エマーソン・ムナンガグワ]]との間で争いが勃発。2017年11月6日にムガベがムナンガグワを第1副大統領から解任したことで国防軍が反旗を翻し事実上のクーデターを企図し、ムガベは自宅軟禁下に置かれ、軍が国家権力を掌握<ref name=afpbb3150712 />。11月21日に議会でムガベの弾劾手続きが開始され<ref>{{Cite news|url=http://www.bbc.com/japanese/42061732|title=「夫人の権力奪取許した」ジバブエ与党、ムガベ大統領弾劾手続きへ|work=CNN.co.jp|agency=[[CNN]]|date=2017-11-21|accessdate=2017-11-22}}</ref>、ムガベは辞表を提出。37年間に及ぶ長期政権に幕が下りた<ref name=reuters20171121 />。
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