「エルチェの椰子園」の版間の差分

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この椰子園の歴史は古く、エルチェの土地にナツメヤシが植えられるようになったのは、[[紀元前5世紀]]の[[カルタゴ]]の時代だと考えられている。カルタゴの後にエルチェも含めた[[イベリア半島]]全域を支配した[[ローマ帝国]]、[[ムーア人]]の統治の下でも、この椰子園は生き残ってきた。
 
椰子園が現在の形を形成するようになったのは、[[後ウマイヤ朝]]の初代[[アミール]][[アブド・アッラフマーン1世]]の時代にエルチェを流れる{{仮リンク|ビナロポ川|en|Vinalopó}}の水を利用するようになったからである。アブド・アッラフマーン1世は、[[アラブ世界]]特有の[[灌漑]]システムをこの椰子園に導入したことにより<ref>{{Cite book|和書 |author = [[川成洋]] |year = 2016 |title = スペイン文化読本 |publisher = 丸善出版 |page = 172 |isbn = 978-4-621-08995-8}}</ref>、年間で300mmの降水量しか降らないエルチェでもナツメヤシを育成することに成功した。アラブ世界の灌漑システムがヨーロッパで用いられたのはエルチェの椰子園だけである。[[レコンキスタ]]完了後も、エルチェの椰子園は法律のもとで保護され続けている。
 
2005年には、[[ヤシオオオサゾウムシ]](''Rhychophorus ferrugineus'')の[[幼虫]]がナツメヤシに害を与えていることが発見された。
Image:Elche3.jpg
</gallery>
 
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{reflist}}
 
{{スペインの世界遺産}}