「函館の女」の版間の差分

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== 解説 ==
* 作詞の[[星野哲郎]]の述懐では、当初は「(女が)[[東京]]へ出てくるという歌にするつもり」で詩を書いたが、レコーディングディレクターの助言で「函館をテーマにしたものに変えた」という<ref>[http://www.umeshunkyo.or.jp/204/243/data.html 船乗りの夢と挫折と華麗なる転身の原点「函館港」] 『マリンボイス21』2005年5月号 名作が生まれた港 一般社団法人日本埋立浚渫協会</ref>。
* 島津が星野の詩に曲をつけたがうまく旋律がおさまらず、星野に「最後の1文」の追加を依頼した。星野もそれがなかなか浮かばず、途中で小用を足して戻ってきたときにふざけて言った「とても我慢ができなかったよ」が島津に採用された<ref>[http://www.yomiuri.co.jp/life/travel/meigen/20170526-OYT8T50002.html よみほっと日曜版 2017年5月28日「はるばるきたぜ函館へ  函館の女」] </ref>。
* 発売当初はA面が「北海道恋物語」、B面が「函館の女」だったが、後にA面とB面が入れ替えられた<ref name=yomi890312 />。
* [[永谷園]] から発売されている[[お茶漬け海苔|お茶づけ海苔]]シリーズの「[[さけ茶づけ]]」のCMで1971 - 2003年の間と2012年の発売60周年記念でこの曲の替え歌が使われていた。
* 1988年3月13日の[[青函連絡船]]最終運航の際、この曲の大合唱となった。
* [[Generation H]]「さぶちゃんとセッション!バーチャルバンド北海道」([[NHK札幌放送局]]) は、この曲をベースにした一般視聴者からの演奏や踊りの投稿動画でセッションするという企画。ベースとなる映像は演奏無しの状態で北島が歌唱する映像となっている。セッション1ではこの曲をベースにしている。