「プリンキパトゥス」の版間の差分

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初代皇帝アウグストゥスから5代にわたって、実質的には血縁者による皇帝の地位の世襲が行われる([[ユリウス・クラウディウス朝]])。
 
帝政とはいっても、ローマの主権者は"Senatus Populus quePopulusque Romanus":[[SPQR]]、「元老院とローマの市民」であり続ける。ローマの皇帝は元老院の承認(市民の歓呼)によって統治を託されるという形式をとる。帝政が続くにつれてこれも形骸化していくが、王政アレルギーともいえるローマで帝政を樹立するには、このような曖昧で不明瞭な形を取るしかなかった。終身独裁官という「明瞭な」地位についたカエサルは、それ故に暗殺されてしまったという強烈な教訓をアウグストゥスは決して忘れなかったからである。
 
皇帝の承認だけでなく、後継者の指名(護民官職権授与)も元老院にかける必要があった。そして皇帝勅令もそのままでは1代限りの暫定処置法でしかなく、恒久法制化には元老院の議決が必要であった。いわば「チェック機能を持つ帝政」である。そして[[ネロ]]は「国家の敵」と決議され、元老院と市民の承認を取り下げられたことで自殺へと追いやられた。