「シティ・ポップ」の版間の差分

金井夕子、松原みきなど追加
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== 概要 ==
シティ・ポップは、アダルト・コンテンポラリーの日本版<ref>http://rateyourmusic.com/genre/City+Pop/</ref>とも解釈することも可能である。[[1970年代]]に日本で定着した[[シンガーソングライター]]やバンドのミュージシャンのうち、フォーク寄りではなくポップ寄りのミュージシャンがこれにあたる。長門芳郎が好む[[はっぴいえんど]]、[[大滝詠一]]の[[ナイアガラ・レーベル]][[ティン・パン・アレー]]系などが典型であり、彼らは1970年代末から1980年代初頭にかけてアルバムを発売した。洋楽ではオハイオ・ノックス、ザ・フィフス・アベニュー・バンド<ref>山下達郎や長門郎らが詳しいシティ・ポップ・バンド  http://www.discogs.com/Fifth-Avenue-Band</ref>、フル・ムーン<ref>http://www.allmusic.com/album/full-moon-mw0000454427</ref>、ラーセン=フェイトン・バンドなどが、これにあたる。日本のシティ・ポップのミュージシャンの場合、ボズ・スキャッグスやスティーリー・ダンのような、多様性や音楽的幅の広さが不足しているのが、難点でもある。
 
既存の「歌謡曲」「フォーク」が強く持っていた「歌」ではなく、「ニューミュージック」寄りのサウンド([[ポップ・ロック]]、や[[ジャズ]]、[[クロスオーバー_(音楽)|クロスオーバー]]、[[フュージョン_(音楽)|フュージョン]])を前面に打ち出した音楽スタイルは、聴衆から洗練された都会的なものであると同時に中流、中産階級志向と受け取られ、レコード会社もこれを既存の音楽とは違うものとして「'''都会のポップ=シティ・ポップ'''」という呼称でアピールを行うようになった。
*[[安全地帯 (ロックバンド)|安全地帯]]
*[[杏里]]
*[[池田聡]]
*[[石川優子]]
*[[1986オメガトライブ]]
*[[伊藤銀次]]
*[[稲垣潤一]]
*:「[[ANOTHER SUMMER]]」(1985年)
*:「[[Navigator (アルバム)|Navigator]]」(1986年)
*カシオペア
*[[角松敏生]]
*:「[[WEEKEND FLY TO THE SUN]]」(1982年)
*:「[[BEFORE THE DAYLIGHT]]」(1988年)
*:「[[REASONS FOR THOUSAND LOVERS]]」(1989年)
*[[二名敦金井夕子]]
*[[紙風船]]
*[[カルロストシキ]]
*[[鈴木茂 (ギタリスト)|鈴木茂]]
*[[スターダストレビュー]]
*:「[[NIGHT SONGS]]」(1987年)
*:「[[RENDEZ-VOUS (スターダストレビューのアルバム)|RENDEZ-VOUS]]」(1988年)
*[[スペクトラム]]
*[[センチメンタル・シティ・ロマンス]]
*[[惣領智子]](TINNA)
*[[高木麻早]]
*[[高中正義]]
*[[高野寛]]
*:「CUE」(1990年)
*[[竹内まりや]]
*[[田島貴男]]([[ORIGINAL LOVE]])
*T-SQUARE
*[[寺尾聰]]
*:「[[Reflections]]」(1981年)
*:「鏡の中のアクトレス」(1988年)
*:「303 EAST 60TH STREET」(1990年)
*[[ネイティブ・サン]]
*[[二名敦子]]
*[[ハイ・ファイ・セット]]
*:「White Moon」(1990年)
*[[平松愛理]]
*[[ブレッド&バター]]
*[[松原みき]]
*[[マリーン]]
*:「マジック」(1983年)
*[[村上秀一]]
*[[村松邦男]]
*[[矢島]]
*[[芳野藤丸]]
 
*[[アダルト・コンテンポラリー]]
*[[ディスコ]]
*[[クロスオーバー]]
*[[歌謡曲]]
*[[音楽のジャンル一覧]]・[[ポピュラー音楽のジャンル一覧]]
**[[ポピュラー音楽の音楽家一覧 (日本・個人)]]
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