「石原裕次郎」の版間の差分

→‎ケガ・病気の遍歴: 死去と没、同じ意の語をくりかえしている。新聞や、他の百科事典では○○歳没という言い方はしていない。
(→‎ケガ・病気の遍歴: 死去と没、同じ意の語をくりかえしている。新聞や、他の百科事典では○○歳没という言い方はしていない。)
* 1984年 - [[肝癌|肝臓癌]]が発覚し、倦怠感・[[腰痛]]の末、原因不明の発熱にいたる(前の定期健診で[[肝細胞癌]]と診断されるが、裕次郎本人には最期までガン告知せず)。
* 1986年5月 - 高熱が続くため慶應義塾大学病院に入院。[[高血圧治療薬|血圧降下剤]]の副作用による肝内[[胆管炎]]と診断。7月に退院後はハワイで静養。
* 1987年4月20日 - ハワイから急遽帰国、直後に慶應義塾大学病院へ検査入院<ref group="注釈">この時石原を治療したチームの中に、後に[[オウム真理教]]に入信し[[地下鉄サリン事件]]などを引き起こした[[林郁夫 (オウム真理教)|林郁夫]]がいた。</ref>。5月2日に一旦退院した([[カテーテル]]治療)ものの、3日後に再入院、その後容態悪化(高熱)、ついには[[幻覚]]症状([[肝性脳症]])を発する。その後意識不明状態が続き、7月17日15時43分、一旦医師が臨終を告げ、7分後心停止するも、酸素吸入により一度は心拍が再開する。しかし16時26分再度心停止、そのまま肝細胞癌のため死去。{{没年齢|1934|12|28|1987|7|17}}52歳だった
 
== エピソード ==