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::その上で申し上げるなら、崎陽軒が焼売を改良した事実は広告的記述にならないようにすれば充分に特記に値する事実だ、とわたしは思っています。「焼売」という記事はひとつの料理を解説する記事なのですから、改良してその後の製品に影響を与えた事実は無視してはいけないはずです。「冷めてもおいしい」焼売を評価する感想は世に溢れていますし、崎陽軒のアピール以後、原材料として貝柱をもちいるレシピは企業から家庭まで多くの追随者を生んでいます。それはあるいは「シウマイ娘」より目立った影響力をもたないのかもしれませんが、繰り返しますが「広告」にならぬよう留意した上で記載することは、「真面目な」記述者として恥じることのない行動だと確信しています。さかんに「企業商品」への危惧をおっしゃっていますが、どこかで「崎陽軒以前(以後)」の焼売という記述を見た記憶があるくらいに、すでにその影響力は大きなものであり、今更単純な広告効果を指摘しても空しい現状ではあると思われます。
::念のために。わたしはこの問答に辟易していますし、「この件はこれで最後になればよいと思っています」。しかし、こういう形での貴兄の結論を放置することは良心にそむくこととすら思っているのが正直な気持ちです。前進的な和解を望まれるならば、どういった結末が最適であるかお考えいただきたいところです。--[[利用者:港町奉行|港町奉行]]([[利用者‐会話:港町奉行|会話]]) 2018年9月1日 (土) 03:55 (UTC)
::追記いたします。後半部分で一部の言及をもうけていらしたのに気づかなかったことをお詫びします。ただし、日清の記事の扱いについては書くまえにも思っていたとおり「横浜市の焼売」というニュアンスを過大評価なさっているとの印象をもちました。これは「崎陽軒」というメーカー名を立場上避けただけの記述でしょうし、横浜に崎陽軒に匹敵した規模の焼売メーカーを認めそれを勘定に入れた、というものとは思われません。贔屓の引き倒しになっているようです。それに、シウマイ娘については「崎陽軒」に詳細な説明文がすでに存在していますから、その意味でも改めて語る必要はないと考えて削除させていただきました。
::実例を挙げれば、昔わたしは大船に住んでいたのですが、「大船軒のシュウマイ」という製品が駅売りされていたことを覚えています。横浜まで電車で20分の駅で売る豪胆さに子供心に感服したものですが、すぐに姿を消したものでした。貝柱を使うテクニックを盗んでおらず、「シウマイ」に比して冷めたときに味が落ちる、というのが不人気の一端ではあったと思います。老舗の駅弁メーカーにしてその体たらくなのですから、横浜市では崎陽軒の競合メーカーは目立って存在しなかったと思いますよ(高級食品を手掛ける企業は別として)。--[[利用者:港町奉行|港町奉行]]([[利用者‐会話:港町奉行|会話]]) 2018年9月1日 (土) 05:47 (UTC)