「チャイナエアライン611便空中分解事故」の版間の差分

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{{出典の明記|date=2018年9月}}
{{参照方法|date=2018年9月}}
{{Infobox Airliner incident
|name=チャイナエアライン 611便
 
== 事故の経過 ==
当日、611便は[[台湾]]の中正国際空港のターミナルビルを午後2時50分に出発し、午後3時7分(以下現地時間香港も同一)に離陸した。目的地の[[香港]]への到着予定時刻は午後4時28分であった。午後3時16分、611便は航空管制から高度{{convert2|35,000フィート|ft}}へ上昇するよう指示をうけ、同機は35,000ft000フィートを維持する旨の応答をしたこれが611便からの最後の通信となった
 
611便はそれまで順調に飛行しており、異常の兆候はなかった。後に解析された[[コックピットボイスレコーダー]]には、コックピット・クルーが鼻歌を歌うのが記録されていたほどだった。しかし午後3時28分、レーダーに映っていた611便の機影は大きく4つに分かれ、突然消失したこの時機体が空中分解したものと見られる。午後3時31分頃、611便は台湾の西方約50kmにある[[澎湖諸島]]の{{要出典範囲|北東約18Km付近|date=2018年9月}}の台湾海峡の海域に墜落した。
 
午後6時10分、捜索隊によって機体の残骸の主要部分が[[澎湖県]][[馬公市]]の北方の海域で発見された。また事故機の飛行ルート下にあり、墜落現場から約100km離れた台湾島中部の[[彰化県]]秀水郷下崙村では、乗客の持ち物とみられる名刺や航空券、そして[[機内誌]]などの物品が次々と落下してきており、住民によって回収されていた。機体の残骸は広範囲に落下していた。
この事故で乗員19名、乗客206名のあわせて225名全員が死亡した。
 
チャイナエアラインは当事故以降何度かトラブルを起こしているが、乗客乗員が死亡した事故は発生していない{{いつ|date=2018年9月|post-text=まで}}
 
== 事故調査 ==
捜索隊は犠牲者のうち162名の遺体と機体の85パーセントに相当する残骸を回収したが、いずれも爆発の痕跡もなく焼けた跡もなかったため、空中分解したものと断定された。そこで調査を担当する[[飛航安全調査委員会]](最高責任者:Kay Yong)は、協力機関である[[国家運輸安全委員会|NTSB(アメリカ国家運輸安全委員会]]・主任調査官:John Delisi)に、類似案件の一つである[[トランスワールド航空800便墜落事故]]の調査資料の提供を依頼した。当初はTWA800便と類似点(''暑い日''に、''老朽化した747型機''が、''上昇中に空中分解''した)が多かった事から、同じ原因が疑われた。原因箇所特定の際にもTWA800便と同じ手法を採用した。
 
=== 事故機について ===
事故機のB-18255は、[[1979年]][[8月2日]]にチャイナエアラインで新造機として就航(当初の機体記号はB-1866)してから22年8ヶ月が経過しており、総飛行時間は6400064,000時間を超えた経年機(老朽機)であった。翌月に[[タイ王国|タイ]]の航空会社[[オリエント・タイ航空]]に145万USドルで売却することが決定しており、本来はすでにチャイナエアラインの運行から外れていた。しかし、当日は同便に使用予定だった機材が急遽別の路線に転用されたため、売却整備中の事故機を臨時で使用することになった。事故機はこの611便の後、折り返しの台北行きがチャイナエアラインでの最後のフライトとなる予定だった。なお事故後にオリエント・タイ航空はチャイナエアラインと締結していた一切の機体売買契約をキャンセルしている。
 
=== 事故原因 ===
本来であれば大きく損傷している場合は損傷箇所の交換が必要だったが、整備士は表面を磨いた後、「ダブラープレート」と呼ばれる[[絆創膏]]の役割を持たせたアルミ合金製の継ぎ板を損傷部分に被せただけであった。機体はそのまま使われ与圧によってゆっくりと亀裂が広がっていった。
 
また、機体後部は喫煙席だったためタバコのヤニなどが付着し、亀裂が広がると同時に金属が腐食されていった{{要出典|date=2018年9月}}。しかしプレートをかぶせていたことにより外部の目視点検では亀裂が広がっていることがわからなかった。
 
機体は何度かの飛行には耐えたが、611便として飛行中に限界に達し、亀裂が機体後部を一周し脱落した後、爆発的な減圧が発生したため主翼や機首が分裂しバラバラてばらばらになった後、海面に激突した。
 
==類似事故==
なおチャイナエアラインでは、事故の約31年前の[[1971年]]には、同じチャイナエアラインの825便([[シュド・カラベル]])が同じ地域で空中分解を起こしている。同事件について航空当局は機上に仕掛けられた爆発物による航空[[テロ]]の疑いが強いとしたが、犠牲者の遺体が発見されず遺留品もほとんど回収されなかったため、この事故とは違って事件の背景は不明である(詳細は[[中華航空825便爆破事件]]を参照)。
 
== 映像化 ==
1,163

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