「働く女性」の版間の差分

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'''労働力率'''とは「15歳以上人口に占める[[労働力調査|労働力人口]]の割合」のことである。
 
男性の労働力率を年齢別にグラフ化すると一般的に逆U字ないし台形分布が現れるのに対して、女性のそれは男性と異なった傾向を示すことがある。その中で特徴的なものとして知られているのが[[M字カーブ|M字分布]]である。これは、女性が結婚や出産を機に離職し、育児を終えた後に再び労働市場に戻るというライフコースをとる社会においては、30代で労働力率が低下するため、M字の谷が現れる。1970年代までの[[アメリカ合衆国の経済|アメリカ合衆国]]や戦後の日本がその代表的な例といえる<ref name="roudouryokuritu">
{{Cite book|和書<!-- |author= 書き忘れ -->|editor=井上輝子、江原由美子、加納実紀代、上野千鶴子、大沢真理|title=岩波 女性学事典|year=2002|month=6|publisher=[[岩波書店]]|isbn=978-4000802031 |chapter=女性労働力率}}</ref>。
 
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*[[1923年]]、工場法改正。11時間労働。
*[[1925年]]、『[[女工哀史]]』(改造社)。当時の工場での過酷な女性労働を描いた[[細井和喜蔵]]著のルポルタージュ。
*[[1929年]]、工場法改正。児童、女子労働者の[[深夜業]]禁止。
*1929年、上野[[松坂屋]]にて[[エレベーターガール]]が登場。それまでは男性が[[エレベーター]]を運転していた。
*[[1931年]] - [[1945年]]、[[十五年戦争]]の時代<!-- 大雑把な時代区分として記述-->。戦時体制で工場労働者の処遇改善は後回しにされた。
*[[1947年]]、[[労働基準法]]の制定。男子労働者への保護規制を導入。女子保護規定も他の先進国と同等になった。8時間労働。
*[[1953年]]、[[労働省]]が『働く女性の実情』を公表。以後現在に至るまで毎年公表を続ける。
*[[1954年]] - [[1975年]]、「[[青森駅|青森]] - [[上野駅|上野]]」間で、夜行の[[集団就職]]列車が運行された。
*[[1972年]]、「勤労婦人福祉法」が施行。
*[[1985年]]、[[女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約|女子差別撤廃条約]]を日本が[[批准]]
*[[1985年]]、[[男女雇用機会均等法]]成立(施行1986年)。実効性が不十分で、コース別採用などの新たな問題も生まれた。
*[[1993年]]、[[パートタイム労働法]]成立、同年施行。
*[[1997年]]、改正男女雇用機会均等法成立(施行1999年)。[[男女平等]]を推進するため、労働基準法から女子保護規定が撤廃された。
*[[1999年]]、改正労働基準法の施行により、女性の深夜労働の制限が撤廃され、深夜の。代わって[[コンビニエンスストア育児介護休業法]]弁当製造工場のに育児・介護を行う労働者大多数を、女性配慮規定の制度占めることとなっ追加された。
*[[2006年]]、改正男女雇用機会均等法成立(施行2007年)。
 
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戦後から1960年代前半までは、賃金労働を継続する女性と、賃金労働から解放された[[専業主婦]]とに2分化する傾向があった。1960年代後半に入ると、[[高度経済成長]]により、社会全体の高学歴化により製造業で若年労働者が不足し、主婦がパートタイマーとしてその不足を埋めた。
 
1970年代からは高等教育を受けた女性が増え、事務職などで若い女性の就業率は伸びていった。一方で、30歳代の女性に結婚・育児などを機に離職し、そのまま復帰しない、または、復帰後も職歴を活かす職に就かない・就けない傾向が見られるようになった。その後も、女性の就業人口は伸び続けたが、就業分野は製造業、卸・小売業・飲食店業、サービス業に集中しており、[[非正規雇用]]の増加も目立った。
 
2008年には、働く女性の過半数が[[非正規雇用]]であった。戦後の日本経済において、主に主婦層からなるパートタイム労働者は好況時に増加し、不況時には減少することで「景気の調整弁」としての役割を持っていた<ref>{{Cite journal|和書|author=大沢真知子|year=1988|month=4|title=男女間賃金格差の要因とその変遷 : 女性の社会進出がなぜ賃金格差を縮小しないのか|journal=三田商学研究|volume=31|issue=1|pages=93-112|publisher=[[慶應義塾大学]]|issn=0544571X}}</ref><ref>{{Cite journal|和書|author=ランデス・ハル|year=1994|month=12|title=女性の社会進出|journal=青山学院女子短期大学総合文化研究所年報|pages=pp.64-72|publisher=[[青山学院女子短期大学]]|issn=09195939}}</ref>。
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== 外部リンク ==
* 高木郁朗「[http://www.rengo-ilec.or.jp/seminar/saitama/2008/youroku03.html 女性の社会進出と労働運動 -これまでの歩みから学ぶこと-]」
* [httphttps://www.mhlw.go.jp/houdoutoukei_hakusho/2008hakusho/03/h0328-1.html 「平成19白書、次報告書]厚生労働省。『厚生労働白書』『働く女性の実情」]』等を公表。
* [http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/03/h0326-1.html 「平成20年版 働く女性の実情」]
* [http://www.miraikan.go.jp/ 「女性と仕事の未来館」]
* [http://www.e-roudou.go.jp/annai/k_kinto/21004/2100412/2007032601.pdf 「女性の出産を守る法律一覧」]