「トリエステ自由地域」の版間の差分

仲裁裁判
(仲裁裁判)
[[1954年]]、イタリアとユーゴスラビアとの間で協定が結ばれ、A地区の統治をイタリアに、B地区の統治をユーゴスラビアに委ねることになった。そして1975年の[[オージモ条約]]で正式に分割が承認された。ユーゴスラビア国内では、旧B地区を更に[[ドラゴニャ川]]を境として南北に分割し、港湾地域の[[コペル]]を含む北部を[[スロベニア社会主義共和国]]、南部を[[クロアチア社会主義共和国]]に帰属させた。
 
[[1991年]]から[[1992年]]にかけて[[スロベニア]]と[[クロアチア]]が独立し、この際、両国の間では、[[ピラン湾]]ならびにドラゴニャ川最下流域の南側沿いに位置する細長い一帯(クロアチアが実効支配する{{仮リンク|プロヴァニア|sh|Plovanija}}村に属する地域で、スロベニアが領有権を主張している)を巡る新たな領有権問題が浮上し、[[2011年]]現在も解決されていない。クロアチア・スロベニア間では新たに入出国管理が行われ、通貨も別々になった。一方、スロベニアは[[シェンゲン協定]]と[[欧州連合の経済通貨統合]]に参加したため、イタリア領とスロベニア領間は一体性を取り戻しつつある。
 
なお両国の独立に際し、[[ピラン湾]]ならびにドラゴニャ川最下流域の南側沿いに位置する細長い一帯(クロアチアが実効支配する{{仮リンク|プロヴァニア|sh|Plovanija}}村に属する地域で、スロベニアが領有権を主張している)を巡る新たな{{仮リンク|クロアチアとスロベニア間の国境問題|label=新たな領有権問題|en|Croatia–Slovenia border disputes}}が浮上した。陸地からの距離をもとに[[領海]]を設定すると、スロベニア領海が[[公海]]に接しなくなるため、スロベニアは回廊海域の設定などを主張している。2011年に両国は[[ハーグ]]の[[常設仲裁裁判所]]に仲裁依頼を行ったが、2015年にスロベニアを有利に取り計らう不正が発覚したことからクロアチアが依頼を取り下げた。仲裁作業は判事を入れ替えて続行し、2017年にスロベニアの主張に近い内容の評決がなされたが、クロアチアは先のいきさつから評決の履行を拒否している<ref>[https://www.bbc.com/news/world-europe-40449776 Slovenia wins battle with Croatia over high seas access] BBC News (2017年6月29日)</ref>。
 
== 脚注 ==
{{Reflist}}
 
== 関連項目 ==