「ウルフ・スファンテ・フォン・オイラー」の版間の差分

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1939年に彼はカロリンスカ研究所の生理学教授になり、1971年に退官した。また、ゲラン・リルジェストランドとの共同研究で、[[肺]]の[[酸素]]の局地的な減少に対して生理学的に[[動脈]]に[[シャント]]を形成するという、オイラー=リルジェストランド機構という、重要な発見をした。
 
しかし、ノルアドレナリンが発見された1946年以降、ウルフらは病的な状態にある生物の[[組織 (生物学)|組織]]と[[神経系]]の研究に没頭し始めた。そして、ノルアドレナリンは[[シナプス]]の末端に貯まるという画期的な発見をした。1970年、彼は[[ベルンハルト・カッツ]]、[[ジュリアス・アクセルロッド]]とともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。彼は[[ノーベル財団]]でも1953年以降、[[ノーベル賞委員会]]の生理学・医学部門の医院委員として、また1965年からは委員長として働いていた。彼は、1965年から67年にかけて国際病理学会の会長を務めている。またノーベル賞以外にも様々な賞を受賞している。1961年にはガードナー賞、65年にはジャーレ賞、67年にはストーファー賞、53年にはカール・ルードヴィッヒメダル、69年にはシュミードバーグ・プラケット、70年にはラ・マドニーナを受賞し、さらに世界中の大学から名誉博士号を贈られ、多くの学会の会員に選ばれている。
 
== 出典 ==