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m WP:DEADREF「ベリリウム10と炭素14を用いた最終退氷期の太陽活動変遷史に関する研究」
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[[ファイル:Beryllium sulfate 4 hydrate.jpg|thumb|150px|硫酸ベリリウム]]
[[硫酸ベリリウム]]や[[硝酸ベリリウム]]のようなベリリウム[[塩 (化学)|塩]]の溶液は <ce>[Be(H2O)4]^{2+}</ce> イオンの[[加水分解]]によって酸性を示す。
: <ce>{[Be(H2O)4]^{2+}\} + H2O\ \rightleftarrows\<=> {[Be(H2O)3(OH)]^+\} + H3O^+</ce>
加水分解による他の生成物には、[[二量体|3量体]]イオン <ce>[Be3(OH)3(H2O)6]^{3+}</ce> が含まれる。
 
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=== 核的性質 ===
ベリリウムは、高エネルギーな[[中性子線]]に対して広い[[反応断面積|散乱断面積]]を有しており、その散乱断面積は0.01 [[電子ボルト|eV]] を上回るものに対しておよそ6 [[バーン (単位)|バーン]]である。散乱断面積の正確な値はベリリウムの結晶サイズや純度に強く依存するため実際の散乱断面積は1桁ほど低くなり、ベリリウムが効果的に[[減速材|減速]]させることのできる中性子線のエネルギー範囲は0.03 eV 以上のものに限られる。このため、ベリリウムは高エネルギーな[[熱中性子]]は効果的に減速させることができるものの、エネルギーの低い[[中性子線|冷中性子]]は減速させることができずに透過してしまう。この性質を利用して様々なエネルギーを持つ[[中性子]]の中から冷中性子のみを取り出すためのフィルターとして利用される<ref>{{Cite journal
|url = http://eprintshdl.libhandle.hokudai.ac.jp/dspace/bitstreamnet/2115/41603/1/97_57-62.pdf
|title = ベリリウムフィルターの散乱冷中性子による透過スペクトル歪
|author = 井上和彦、坂本幸夫
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ベリリウムの主な同位体である {{sup|9}}Be は (n, 2n) 中性子反応によって1つの中性子を消費して2つの中性子を放出し、2つのアルファ粒子に分裂する。したがって、ベリリウムの中性子反応は消費する中性子よりも多くの中性子を放出して系内の中性子を増加させる。
:<ce>{^{9}_{4}Be\} + {\mathitit{n}} -> {2(^{4}_{2}He)\} + 2{\mathitit{n}}</ce><ref name ="BeMelurgy" />
 
金属としてのベリリウムは大部分のX線および[[ガンマ線]]を透過するため、X線管などのX線装置におけるX線の出力窓として有用である。ベリリウムはまた、ベリリウムの原子核と高速の[[アルファ粒子]]との衝突によって中性子線を放出するため、実験における比較的少数の[[中性子線]]を得るための良好な中性子線源である<ref name=Be/>。
:<ce>{^{9}_{4}Be\} + {^{4}_{2}He} -> {^{12}_{6}C\} + \mathitit{n}</ce><ref name ="BeMelurgy">{{citation
|url = http://books.google.com/?id=FCnUN45cL1cC&pg=PA239
|page = 239
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|issue = 4
}}</ref>がそれぞれ独立に、金属[[カリウム]]と塩化ベリリウムを反応させることによるベリリウムの単離に成功した。
:<ce>BeCl2\ + 2 K2K -> 2 KCl\2KCl + Be</ce>
 
カリウムは、当時新しく発見された方法である[[電気分解]]によってカリウム化合物より生産されていた。この化学的手法によって得られるベリリウムは小さな粒状であり、金属ベリリウムの[[地金|インゴット]]を[[鋳造]]もしくは[[鍛造]]することは出来なかった。同年、ドイツの化学者[[マルティン・ハインリヒ・クラプロート]]がこの元素を緑柱石にちなんでベリリウムを命名した<ref>{{cite book|和書
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}}</ref>。1898年、{{仮リンク|ポール・ルボー|en|Paul Lebeau}}は[[フッ化ベリリウム]]と[[フッ化ナトリウム]]の混合融液を直接電気分解することによって、初めて純粋なベリリウムの試料を得た<ref name="Weeks" />。
 
[[第一次世界大戦]]以前にも有意な量のベリリウムが生産されていたが、大規模生産が始まったのは[[1930年代]]初期からである。ベリリウムの生産量は、硬い[[ベリリウム銅]]合金および蛍光灯の蛍光体用途の需要の伸びによって、[[第二次世界大戦]]中に急速に増加した。初期の[[蛍光灯]]にはベリリウムを含有した[[オルトケイ酸亜鉛]]が使用されていたが、後にベリリウムの有毒性が発見されたため[[ハロリン酸系蛍光体]]に置き換えられた<ref>{{citation
|chapter = A Review of Early Inorganic Phosphors
|url = http://books.google.com/books?id=klE5qGAltjAC&pg=PA98
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}}</ref>、これらはすべて火山活動に由来する[[火成岩]]や[[火山砕屑岩]]である。また、土壌中のベリリウムは植物によってわずかに吸収され、[[カラマツ]]など特定の植物はベリリウムを蓄積する<ref name=WHO15>[[#WHONIHS2001|WHO, NIHS (2001) 15頁。]]</ref>。
 
大気中のベリリウム濃度は先進国の都市部でおよそ0.03から0.07 [[ナノグラム毎立方メートル|ng/m{{sup|3}}]]ほどであるが、ベリリウムの[[大気]]への主要供給源は[[化石燃料]]の燃焼によるものであるため、工業化の進んでいない国においてはさらに低濃度になると推測されている。[[1987年]]の[[アメリカ合衆国環境保護庁]]のデータによれば、自然におけるベリリウムの大気への放出量は年間5.2 tほどであるが、化石燃料の燃焼を含む人類の活動によるベリリウムの大気への放出量は年間187.4 tにも及ぶ<ref name=WHO1516>[[#WHONIHS2001|WHO, NIHS (2001) 15-16頁。]]</ref>。
 
== 生産 ==
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|url = http://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/08827508808952633
|accessdate = 2011-09-20
}}</ref>。[[2007年]]現在時点では、ベリリウム鉱石中の酸化ベリリウムを処理することによって[[フッ化ベリリウム]]とし、それを[[マグネシウム]]を用いて還元させることで生産されている<ref name=tanaka>{{cite book|和書
|title = よくわかる最新レアメタルの基本と仕組み
|author = 田中和明
533行目:
|accessdate = 2011-09-19
}}</ref>。2008年時点のアメリカにおけるベリリウムおよびベリリウム化合物の主な生産者はブラッシュ・エンジニアード・マテリアルズ社である<ref>{{citation
|url = http://www.brushelmore.com/history.asp
|archiveurl = https://web.archive.org/web/20080724113346/http://www.brushelmore.com/history.asp
|archivedate = 2008年7月24日
|title = Brush Wellman – Elmore, Ohio Plant :: Company History
|accessdate = 2011-09-20
|deadurldate = 2017年9月
}}</ref>。ブラッシュ・エンジニアード・マテリアルズ社では、ベリリウムを製錬するための原料の大部分を自身が所有するスポール山の鉱床([[ユタ州]])から産出されるベリリウム鉱石(ベルトラン石を含む)から得ている。ベリリウムの製錬および他の精製は、ユタ州{{仮リンク|デルタ (ユタ州)|en|Delta, Utah|label=デルタ}}の北10[[マイル]]にある工場で行われており<ref name="spor">{{citation
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|isbn = 1566766613
}}</ref>。また、少数ではあるものの[[自転車]]のフレームにも用いられている<ref name=museum>{{citation
|url = http://mombat.org/American.htm
|title = Museum of Mountain Bike Art & Technology: American Bicycle Manufacturing
|accessdate = 2011-09-26
|archiveurl = https://web.archive.org/web/20110720022521/http://mombat.org/American.htm
|archivedate = 2011年7月20日
|deadurldate = 2017年9月
741行目:
|accessdate = 2011-11-12
}}</ref>。ベリリウムは他の金属との合金としても頻繁に利用されるが、その合金組成に明記されないこともある<ref>{{Cite web
|url = http://www.electrofusionproducts.com/userfiles/China_Be_Domes_Report.pdf
|first = Mark
|last = Svilar
|date = 2004-01-08
|accessdate = 2009-02-13
|title = Analysis of "Beryllium" Speaker Dome and Cone Obtained from China
|archiveurl = https://web.archive.org/web/20090225154138/http://www.electrofusionproducts.com/userfiles/China_Be_Domes_Report.pdf
|archivedate = 2009年2月25日
|deadurldate = 2017年9月
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}}</ref>。
 
また、アルミベリリウム合金も軽量かつ強度が高い特徴があり、[[フォーミュラ1|F1]]レーシングカーの部品(安全性の観点から[[2004年]]以降は使用禁止)や[[航空機]]の部品にも使用されている<ref>{{Cite web|url=http://www.jaish.gr.jp/anzen/gmsds/0190.html|title=製品安全データシート ベリリウム|publisher=中央労働災害防止協会 安全衛生情報センター|accessdate=2011-10-12}}</ref>。
 
=== 堆積学的履歴解析 ===
堆積学分野では同位体の<sup>10</sup>Beおよび<sup>7</sup>Beと鉛の同位体<sup>210</sup>Pbの存在比率により、地層の堆積物の輸送がどのようなイベントで生じたのか、つまり「ゆっくりと安定した堆積なのか」「河川の氾濫や洪水、嵐による急激な堆積なのか」などを調べることが可能である<ref>[httphttps://dx.doi.org/10.4096/jssj.73.19 金井豊:ベリリウム同位体を用いる堆積学的研究] 堆積学研究 Vol.73 (2014)年 73巻 No.1 p.19-26, {{doi|10.4096/jssj.73.19}}</ref>。
 
== 危険性 ==
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急性ベリリウム症は最高曝露量の設定による作業環境の改善に伴い減少しているが、慢性ベリリウム症はベリリウムを扱う産業において多く発生しており<ref name=NIHS/><ref>{{citation
|title = メルクマニュアルベリリウム症
|chapter = ベリリウム症肺疾患
|url = https://www.msdmanuals.com/ja-jp/プロフェッショナル/05-肺疾患/環境性肺疾患/ベリリウム症
|url = http://merckmanual.jp/mmpej/sec05/ch057/ch057d.html
|publisher = Merck & Co., Inc., Whitehouse Station, N.J., U.S.A.
|accessdate = 2011-09-13
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=== ベリリウム症の歴史 ===
[[1933年]][[昭和]]8年)、[[ドイツ帝国|ドイツ]]において「化学性肺炎」という形で急性ベリリウム症が初めて報告され、ついで[[1946年]](昭和21年)には慢性ベリリウム症がアメリカで報告された<ref>{{citation
|title = 慢性ベリリウム症の2剖険例
|url = http://ir.twmu.ac.jp/dspace/bitstream/10470/9414/1/6412000004.pdf
940行目:
|format = PDF
|accessdate = 2011-09-13
}}</ref>。このような症例は蛍光灯工場やベリリウム抽出プラントにおいて多くみられたため、[[1949年]](昭和24年)には蛍光灯におけるベリリウムの利用が中止され、[[1950年代]]初頭にはベリリウムの最高曝露濃度が25 [[マイクログラム毎立方メートル|μg/m{{sup|3}}]]に定められた。こうして作業環境が大幅に改善されたことによって急性ベリリウム症の罹患率は激減したが、核産業や航空宇宙産業、[[ベリリウム銅]]などの合金、電子装置の製造などの分野においてはベリリウムの利用が続いている。[[1952年]](昭和27年)、[[アメリカ合衆国]]でベリリウム症例登録制度がはじまり、[[1983年]](昭和58年)までに888件の症例が登録された<ref name=NIHS/>。この制度においては6つの診断基準が定められ、そのうち3つが当てはまると慢性ベリリウム症であるとして登録されるようになっていた<ref name=WHO36/>。検査技術の向上した[[2001年]](平成13年)現在では、肺の[[気管支鏡|経気管支]]の[[生体組織診断]]などによる組織病理学的な確認、リンパ球幼若化試験およびベリリウムの曝露歴の3点が診断基準とされている<ref name=WHO37/>。ベリリウムは[[原子爆弾]]の核反応促進材に利用されるため、初期の原子爆弾の開発に携わった研究者の幾人かはベリリウム中毒によって命を落としている(例えばアメリカの核物理学者であり[[マンハッタン計画]]にも携わった{{仮リンク|ハーバート・L・アンダーソン|en|Herbert L. Anderson}}<ref>{{citation
|url = http://www.atomicarchive.com/Photos/CP1/image5.shtml
|title = Photograph of Chicago Pile One Scientists 1946
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== 脚注 ==
{{Reflist|40em30em}}
 
== 参考文献 ==