「アレクサンドル・ゲディケ」の版間の差分

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'''アレクサンドル・フョードロヴィチ・ゲディケ'''({{lang-ru|Александр Фёдорович Гедике}}; Alexander Goedicke, [[1877年]][[3月4日]] [[モスクワ]] - [[1957年]][[7月9日]] モスクワ)は、[[ロシア]]の[[オルガニスト]]、[[ピアニスト]]、[[作曲家]]。
 
==経歴==
モスクワに何世代にもわたって続く[[ドイツ人|ドイツ系]]音楽家の家庭に生まれた。[[モスクワ音楽院]]に進学し、[[1891年]]より[[ピアノ]]をガリ、[[パヴェル・パプスト|パプスト]]、[[ワシーリー・サフォーノフ|サフォーノフ]]に師事する。作曲は[[セルゲイ・タネーエフ]]と[[アントン・アレンスキー|アレンスキー]]の指導を受けるが、[[1898年]]ごろから公式の作曲教育を受けるのを止め、独学に転じた。[[1909年]]にピアノ科教授に迎えられたのを機に母校モスクワ音楽院に勤務するが、その後は[[室内楽]]や[[オルガン]]の指導も行い、とりわけ[[ヨハン・ゼバスティアン・バッハ|J.S.バッハ]]の優れた解釈で名を馳せるようになった。
 
*カンタータ《ソ連航空隊に栄光あれ》
*歌曲
 
== 脚注 ==
<references />
 
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